【 Daybreak 】




「・・・全員乗ったか!!」
「へい!船長!!」


 その日、海賊船『ロッソ・スコルピオ』の船長『バットウサイ』は、物資調達の為、わずかな手下を従え、ポートロイヤルに入った。
 そこは海軍の補給港であり、政府公認の海賊も居る、バットウサイにとっては心底、長居したくない最悪の場所であったが、仕方がない。
 
 前船長の頃から、いや、もっと前の代からと言っても過言ではない頃から、探し求めていた宝島の地図を持つ人物を、ようやくこの町で捜し当てたのだ。

 バットウサイが宝島の地図を受け取る為、アジトへ向かった時、持ち主の老人はもう息絶える寸前であった。
 バットウサイの姿を観ると、満足そうに笑い、『宝を見つけたら、半分はあの人の子供に・・・』と、謎の遺言を遺して逝った。

 老人の世話をしてきた夫人の話では、宝の地図を手に入れた時、老人は既に病に冒されており、余命いくばくもない状態であったそうだ。
「自分にはもう、宝を探しだす時間がないと知ったあの人は、『ロッソ・スコルピオ』の船長に地図を託したいと、ただその一念だけで今まで生き長らえて来たのだと思います・・・。」
 夫の最期を看取った夫人は、悲しみと、ほんの少しの安堵とが入り混じった顔をしていた。

「オレもそのことが気になっていた。なぜ地図を譲る相手がオレなのか・・・海賊船の船長であれば、他にいくらでも居るだろう?」 
そう。いくら長年探し求めていた地図であっても、『ロッソ・スコルピオの船長』と自分を名指しされては、警戒しないほうが不思議だ。老人の身辺の調査や、地図の信憑性を調べるために時間を使い、おかげで地図を受け取りに来るのがこんなに遅くなってしまったというのに・・・。
「それは私にもわかりません・・・この人は自分のことは余り喋りたがらない人でしたから・・・ただ、『ロッソ・スコルピオ』の船長以外、決してこの地図を渡してはいけない、ときつく言われていましたので・・・。」
「・・・理由も分からず託される地図か・・・どうも不気味だな・・・」
「あなたがお受け取りにならなければ、この地図は燃やせ、ともこの人は申しておりましたわ。」
 夫人は穏やかな表情のまま、こともなげに言い切った。まるで紙屑でも燃やすかのように。

「・・・まあ、良いだろう。こっちだって長年探し続けた地図を、そう簡単に灰にされちゃ適わんからな。」
 『適わん』と言いながら、バットウサイの顔は、心底愉快そうだった。
 ロッソ・スコルピオの船員を剣の腕や操舵の技術だけでなく、常に性根を観て選んできたバットウサイは、この夫人の夫に対する愛情や、夫の言い付けを頑なに守ろうとする忠誠心を気に入ったのだろう。

「その地図、オレが受け取ろう。そのかわり一つ聞きたい事がある。」
「なんですか?」
「老人が宝の半分を渡せと言っていた、『あの人の子供』とは誰のことだ?」
「それは・・・」
 バットウサイがその質問を口にした途端、夫人は黙り込んでしまった。
しかし、嫌な沈黙という雰囲気では無く、夫人は、自身の口から話しても良いものなのか、考えあぐねているだけのようだった。

「オレには言いにくい話か?・・・構わん、話せ」
  
「・・・はい、では・・・」


「船長ぉ〜〜〜〜っ!!」 
アジトに転がり込んできたのは、バットウサイが見張りのため、洞穴の入り口に立たせていた、操舵師のシュウだった。
 
「どうした!?」
「か・・・海軍の連中が、この辺りウロついてます!見つかったらマズイですぜ!!」

「何!?・・・仕方がない、引き上げるぞ!」

「それならばこちらへ・・・海軍も知らない抜け道がございます!」
 夫人が自分の座っていた椅子を除けて、マットレスを捲ると、下から人一人がやっと通れるくらいの狭い階段が現われた。どうやら地下水脈に通じているようだ。

「下に小さいですが、ボートがございます。それをお使いください。流れに乗って進めば海に出られます!」
「感謝する!」 
 夫人からランプを受け取ると、バットウサイたちの姿は、すぐに地下へ消えていった。


「あなた・・・役目は果たしましたわよ・・・」
 既に冷たくなった老人の手を握り締めながら、夫人は優しく語った・・・

「あの方たちに、神のご加護がありますように・・・」

 夫人の言うとおりに進むと、地下には本当にボートが置いてあった。
バットウサイ達、全員が乗ってやっと、と言う位の小さな船だが、作りはとても頑丈そうだ。
これなら途中で転覆して投げ出される、という心配もないだろう。

「全員乗ったか!?」
「へい!船長!!」
「よし!シュウ、ボートを出せ!!」

 バットウサイは、部下に船を出すように命じた。


・・・それが悪夢の始まりとも知らず・・・



  [つづく] 近日アップ(?)