【明治喧嘩屋恋模様】
 〈妄想爆裂編〉                       
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「くっ・・ああ・・はぁーん・・・・」
左之助が責め立てる度に 半ば開いた剣心の口唇から悦びの声が漏れ続ける。
大きく開いた足はしっかりと左之助の腰に絡めつけられ、白い足が左之助の動きに併せてゆらゆらと上下に揺れる。
「ああーーー、んぅ・・・あぅ・・・・」
剣心の身体の奥深くを穿(うが)つと ひときわ高い嬌声を放って首を打ち振り、眉を寄せる。
たまんねぇ・・・・・・
乱れる剣心の姿態を眺めて 噴き出す汗もそのままに 更に左之助の腰は大きく穿ち続ける。
「はぅ、ああ・・・さ、の・・・さのー・・・」
甘く響き渡る嬌声が左之助を求めてその名を呼び続ける。
「ん、さの・・・も・・はぅ、んぅ・・い・・く・・・・」
「俺もだ、剣心・・・もぉ、たまんねぇ・・・・」
きりきりと締め付ける剣心の肉を深くえぐり、左之助の動きが更に早くなった。腰を打ち付ける音が 上り詰めてゆく剣心の声と重なり、左之助自身も煽られて 深い快楽の海へと飲み込まれてゆく。背中にぞわりと走る電撃にも似た快感が足の先まで駆け抜けて 剣心の悦びを告げる声と左之助の呻き声が同時に上がり、思い切り精を吐きだした。



「ああぁーーーーーーーーーーーーーーー!!」
目覚めたばかりの左之助が自身の下半身に手を当てて 途方もない声を放った。
「やっちまった・・・・・」
呟く顔は眉を八の字に下げて何とも情けなげである。
ここは左之助の破落戸長屋の一室、飲みかけの湯飲み茶碗や皿が煎餅布団の周りに散乱し、破れ障子から朝の光が差し込んでいる。
この年になって、思い切り悩ましげな夢の中で 自分の欲望を吐きだしてしまったことに 誰が見ているわけでもないのに独り顔を赤らめる。こんな事は十五の歳以来だ。
まるで昨日、今日、女に目覚めたばかりのような幼さが どうにもこうにも面映ゆい。
びっしょりと濡れた下着が肌に絡む気持ち悪さに 左之助はもぞもぞと布団から起きあがる。行李の中から 新しい下帯を取り出して 気分を変えるべくキリッとしっかり締め直した。

それにしても、あんな夢を見るなんざぁ・・・・
夢の中でのことはおろか、手を握ることさえ叶わぬいっこうに進展しない自分の恋に  汚してしまった下着を見つめて左之助は深い溜息をつく。
「しゃーねぇ、始末するか・・・」
こんな時、誰に見咎められることもない一人暮らしは気楽と言えば気楽だが、自分の物を自分で始末する空しさは 胸の中から拭いきれない。かと言って、誰かに頼むわけにもいかないのだが。
桶に他の洗い物も詰め込んで下着を隠し、肩を落として井戸端へと向かった。


井戸の周りでは朝早くから 長屋のカミさんたちが集まり世間話に(かまびす)しい。
力無い顔の左之助を見つけると 誰からともなく朝の挨拶の声が掛かった。
「何だい、朝からその寝ぼけた顔は・・」
「大方、どこかの女と過ごして精も根も搾り取られたんだろ。」
「キャハハハ・・・・違いない。」
「いい男が台無しだねぇ。」
左之助の返事を待たずして、カミさん連中は何の飾りっ気もなく自分たちの立てた憶測に満足し、奔放な笑い声を上げる。
ああ、こっちもたまんねぇ・・・・・
ただでさえしけた気分に拍車を掛ける。こんな日は冗談の一つも出てこない。苦り切った表情で無言のまま、左之助は井戸の水を汲み上げた。
「何だい、左之さん、洗濯かえ?」
「珍しいこともあるもんだ。こっちへお貸しよ、洗ってやるからさ。」
気のいいカミさんの一人が水を張った桶に手を伸ばそうとした。
「い、いいてっば。自分でやるからよ。」
こんな物を見られた日にゃ 何を言われるか判ったもんじゃない。左之助は慌てて桶を取り上げた。
「遠慮することなんか無いのに。」
「きっといい人から貰った下着でも入ってんじゃないのぉ?」
「赤いふんどしかえ? 他の人には手も触れさせたくないってね。」
また勝手な話を作り上げて 女たちの盛大な笑い声が立ち上がった。
だいたい長屋のカミさん連中には悪気はないが、有ること無いことを作り上げては話のネタにされるのが堪らない。特に若い男相手だとうわさ話の格好の餌食だ。鵜の目鷹の目で寄ってくる。男衆達からは一目置かれる左之助であっても ここのカミさん連中にすればその辺の洟垂れと変わらない。今も左之助を餌に話に一花咲かせようといった雰囲気が出来上がりつつあった。その時、一軒の長屋から赤ん坊の泣く声が響き渡った。
「あっ、いけない。きっとおむつだよ。」
一番年下のカミさんが洗い物もそこそこに 笊を抱えて腰を上げようとした。
「あっ、うちも鍋に火をかけっぱなしだったわ。」
「うちもそろそろ宿六を起こさなきゃ。」
女たちはめいめいの用事を思い出して それぞれの重い腰を上げかけた。助かった、やっとうるさいのから解放されると嘆息したのも束の間、またもや話の輪が繋がって行きそうになる。
「清さん、また二日酔いかい?」
「そうなんだよ。もう金輪際呑まないって誓った次の日にこれなんだからね。いやになっちゃうよ。」
「ああ、それで昨夜は派手な喧嘩をやらかしていたんだね? お咲ちゃんとこも大変だねぇ。」
上げかけた腰を中腰にしたまま女たちの話は続く。またこのままじゃ、いつ話のネタにされ、からかわれるか判ったものじゃない。いい加減追い払おうとぶっきらぼうに左之助が声をかけた。
「おう、いいのかい? 赤ん坊が盛大に泣きわめいてるぜ?」
「あっ、いっけな〜〜い。つい話に夢中になっちゃって。」
「ほんとだよ。早く行っておやりなよ。」
「じゃ、左之さん、お先にね。」
左之助の思惑通り、その声を皮切りにやっとそれぞれ自分の部屋へと戻っていった。

「まぁったく・・・あれで女のつもりかい?」
その点、俺の剣心と来たらあんな奴らより何倍も色っぽくてよ・・・・・俺の剣心だってよ。うへへへ・・・・・
左之助は独りブツブツと呟きながら 桶の中の汚れ物を洗って行く。下着を手に取るとまたもや朝の夢が思い出された。

ああ・・・剣心、可愛かったなぁ・・・・こう、きゅぅっと俺にしがみついてよぉ。身も世もない声を上げて・・・・あの艶めく表情ったらなかったぜ・・・・

妄想にふけり、桶の中の手は止まったままだ。起き出した腹の虫が空腹を訴えて ギュゥーと派手な音をぶちかました。
「ちぇっ、せっかくいいとこだったのに・・・それにつけても飯、無かったよなぁ・・・・」
釜の中にも米びつにも一粒たりとも残っていなかったのを思い出すと 余計に腹が減った気がする。おまけになけなしの銭は 昨日の賭場で綺麗さっぱり擦られてしまった。
「やっぱ、剣心のところへ行くか・・・」
神谷邸でなら食べ盛りを抱えていて 必ず余分に飯を炊いている筈だし、何より恋しい剣心が居る。そうと心が決まれば、布を揉む手も軽やかになり、あっという間に洗濯は終わってしまった。



神谷邸の潜り戸を潜ると 相変わらず薫と弥彦の喚く声が聞こえて来た。
アイツら年柄年中飽きもしないでよくやるな、と半ば呆れて 目当ての人が居るとおぼしき場所へと一直線に庭を横切って進んで行く。台所へ顔を覗かせると同時に 用事をしていた剣心が振り向き、にこやかな笑顔で迎えてくれた。
「おっ、今日は早いでござるな?」
「おう、腹が減っちまってよぉ・・・何か食わしてくれ。」
「ハハ・・また素寒貧(すかんぴん)でござるな?」
「そう言うこった。」
「拙者達はもう済ませてしまったでござるから、漬け物とみそ汁ぐらいしか残って居らぬが・・?」
「おう、それで充分だ。」
助かったと思った瞬間、剣心が笑み崩れて呟いた。
「良かった・・・・」
「良かったって、何が?」
「いやいや、何でもござらん。さっ、腹が減っているのでござろう? あちらに座って頂くといいでござるよ。」
何かおかしい・・・・やけに歓迎してくれるじゃねぇかと首を傾げながら席に着く。その答えはみそ汁を一口すすった途端に理解した。
「ぶはっーーーーーーーー!!何だこりゃ〜〜〜!!」
辺り一面に啜ったみそ汁を吐き出しながら 大仰に左之助が喚き散らした。
「シッ!!薫殿に聞こえたら殺されるでござるよ。」
剣心が左之助を止める間もなく、地獄耳か奥から薫が顔を覗かせた。
「何を喚いているのよ。うるさいわねぇ。あら? 左之助、来てたの?」
「嬢ちゃんかい・・・・このみそ汁は・・・・」
「あら、みそ汁なんて失礼ね。どう? おいしいでしょ? 今日はとっても出来映えがいいのよ。沢山残ってるからたんと召し上がれ!」
至極上機嫌でにこやかに応対する。
召し上がれって言われても こりゃ人間の食いもんじゃねぇ・・・・
薫が言うには西洋料理のコーンポタージュなる物を真似たらしい。ほんのり甘くてまろやかな味わいを出すために みそ汁に砂糖を入れ、具にはトウモロコシ、ついでに洋風にと舶来雑貨屋で求めたコショウを存分に使ったらしい。
説明を聞いた左之助は額に青筋を立て、すぐさまこの場で汁碗を叩き割ってしまいたい衝動に駆られるが、今までの経験からかろうじて堪えて 腹の底から情けない声を出した。
「・・・は・・い・・・頂きます・・・・」
け〜〜ん〜〜〜し〜〜〜ん〜〜〜!!!!!
思い切り恨みのこもった目で睨むが 冷や汗を流した剣心は横を向いて素知らぬ振りだ。ここで薫の機嫌を損ねたら、空腹のままで過ごさなければならないし、その上、下手をするとこの屋敷から放り出され、せっかくの剣心との逢瀬もふいになる。
泣く泣く左之助はぜんざいの様に甘くて辛いみそ汁を 目をつぶって飲み込んだ。
それをじっくり見届けてから薫が剣心へと向き直った。
「ねぇ、剣心、左之助の食事が終わったら 今のうちに一緒に湯屋へ行って来なさいよ。」
「えっ? 拙者は別に今日は入らなくてもいいでござるよ。」
「駄目よ。昨日もそう言って行かなかったでしょ? 明日は出かける用事があるんだから今日のうちに済ませておいてよ。」
薫と剣心の押し問答を見て 左之助が沢庵を口に頬張りながら口を挟む。
「ん? 風呂、どうかしたのかい?」
「実は一昨日に弥彦が釜を炊きすぎてしまってな、底が抜けたのでござるよ。」
「もう、あの子ったら本当に注意散漫で・・・」
薫が憤懣やるかたないと言った表情で 口をへの字に曲げる。その実、風呂を炊きすぎてしまったのは 弥彦が薪をくべている最中に薫との喧嘩が始まって 決着がつかないままに時間だけが過ぎていったことなどは おくびにも出さない。
「もともとかなり痛んでいたでござるからな。いつ抜けてもおかしくない状態だったのでござるよ。」
剣心が薫に気づかれぬ様にそっと弥彦を庇う。
「ついでに痛んでいた床とかの修理もお願いしたから 直るのにはしばらく掛かってしまうのよ。だから、ねっ。」
さっさと行けとばかりに薫は剣心と左之助に目配せをする。
「では、弥彦も誘ってやらねば。」
「あっ、いいのよ。弥彦は。私と一緒に出稽古先で事情を言って貰い湯をするから 剣心と左之助だけで行ってきて。」
腰を上げようとする剣心を薫の言葉が引き留めた。

剣心と湯屋かぁ・・・・と言うことは当然裸になるよなぁ・・・・おっ! てぇことは・・・剣心の裸が拝めるってコトか? いやいや、男の裸は珍しくも何ともねぇ。しかし、今朝の剣心は色っぽかったしなぁ・・・こりゃもしかすると とんでもなくウマイ話じゃねぇか・・・・
などと茶碗を空中に浮かせたまま 涎を垂らす寸前の呆けた顔で顔を赤らめ、にへらにへらと笑いながら左之助は妄想にふけっている。
それを見た剣心と薫が妙な顔をしていることなど まったく気づきもしなかった。
「どうしたの? 左之助。なんだか顔が赤いわよ?」
「風邪でも引いたのでござるか?」
どれどれと言いながら剣心の白くて細い腕が左之助の額へと伸ばされる。ひんやりとした手の感触に ボッと顔一面に火がついた。
「な、な、何でもねぇよ! お、俺が風邪なんか引くタマかよ!」
焦ってどもる左之助に二人は不可思議な表情を浮かべたままだ。
「本当に大丈夫でござるか?」
「お、おう! この通り、至極元気だ。」
「そう?  だったら二人で背中の流し合いでもしてきなさいね!」
嬢ちゃん、ありがとう!! みそ汁だって毒だってこうなりゃ何でも飲むぜ。
いつもならムカつく命令口調の薫に 左之助は心の中で感謝の気持ちを呟いた。 



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