〈前ページ〉 それから数十分後、神谷邸の近くの新しい湯屋へと二人は向かって歩いていた。大きな武家屋敷の多いこの辺りでは 零落した武士達の屋敷が売り払われ、その敷地に今流行の改良風呂なる物が登場したのである。 左之助にしてもせっかくの機会を 暗い場所で剣心の裸を想像するよりは 一緒に湯に浸かり、とくと眺められる方がいいわけで、気分も上々、足取りも軽やかになる。 番台で湯銭を払って脱衣所へと進む。働き盛りの男達はまだまだ仕事中だし、暇を持て余したご隠居達はとっくに朝風呂を済ませていて 昼前のこの時間は空いていた。 「この分ならゆっくり浸かれそうでござるな?」 脱衣箱の前で袴の紐を解きながら 剣心がにこやかに左之助へと話しかける。見る様な見ない様な視線を剣心へと送りながら 左之助が受け答えをする。 「お、おう、そうだな。これならゆっくり背中の流し合いも出来そうだぜ。」 わざわざ背中の流し合いなどと言わでもがなのことだろうが、左之助の煩悩はどうしても本能の赴くままのところとなる。 帯を解き、肩から滑り落とした着物を剣心は丁寧に畳んでいた。屈んだ剣心の項が 束ねられた髪の間から覗き、その白さに左之助は鼻血を吹きそうだ。半纏を脱ぐのも忘れて目は釘付けになっていた。 「おろ? どうしたのでござるか?」 あまりに不躾な視線に気づいた剣心が ぼうっと突っ立ったままの左之助を眺めて問いかける。 「い、いや、あんまりお前が丁寧に着物を畳んでいるからよ。つい見とれちまって・・・」 「着物を畳むぐらい見慣れて居るであろう? 変な左之助でござるな。」 左之助の煩悩など夢にも想像しない剣心は 首を傾げてくすくす笑っている。その笑い顔がまた可愛いと 何を見ても左之助はうっとりする。 とうとう剣心が襦袢を肌から滑り落とした。 その背中の線の美しいこと。 剣心が愛用している木綿の白い襦袢にも負けない透き通る様な白さで 手を触れるとしっとりと吸い付く様な滑らかな肌だ。薄い皮膚に覆われたしっかりと引き締まった筋肉も好ましい。と、恋する欲目の左之助は思う。 「先に入っているでござるよ。」 なかなか脱がぬ左之助をその場に残し、剣心はさっさと洗い場へと姿を消した。 左之助が慌てて半纏を脱ぎ、洗い場へと赴くと剣心はもう湯に浸かっていた。白い湯気が濛々と立ちこめて 天窓から光が差し込み、檜の香りがぷんとして真新しい浴槽はいかにも気持ち良さげだ。掛かり湯もそこそこに飛び込む様に湯船に浸かる。波一つ無く穏やかだった表面は左之助に乱され、大きな波紋を描いて溢れ出た湯が ざぁざぁと浴槽の縁から流れ出て行く。こんなところまで元気いっぱいで まるで小さな子供の様だと剣心の失笑を買っていることなど気づきもしないで 満面の笑みをたたえて左之助は湯煙の中を剣心の側へとにじり寄る。 「少し熱うござるな。」 手にした手拭いで首筋を湯に浸しながら 剣心が左之助へと笑顔を向ける。 「江戸っ子は熱い湯が好みだからな。ぬるい湯なんかに浸かってられるかい。」 すっかり江戸の水に染まった左之助が 東京になった今でも江戸っ子気質を剥き出しにする。 「しかし、この改良風呂はいいものでござるな。このように手足を伸ばしてゆっくりと湯に浸かると 心が穏やかになって洗われる様でござるよ。」 「おっ、剣心は初めてかい?」 「ああ、諸国を歩いている時には温泉に浸かることもあったが、東京でこのような湯に浸かれるとは。文明開化も捨てたものではござらんな。」 「今までの様に熱い風呂で蒸して垢を擦り落とすってぇのも気持ちのいいもんだが、ああ暗くっちゃ、せっかく混浴のところを見つけても目の保養にも何もなりゃしねぇからな。」 「さ、左之。そんな 「何カマトトぶってんだよ。お前だって男だろ? 汚ねぇ男の裸よりは女の方がいいに決まってんだろうが。」 「そ、それはまぁ、そうでござるが・・・しかし、何故か拙者が混浴の銭湯に当たる時には老女ばかりでござるよ。女性が大勢居るとどうもじっと見られている気がして 気恥ずかしいものでござるな。」 目の保養にされてたのはお前の方か・・・・ 女達が見とれてうっとりしている様が手に取るようだと ほんのりと桜色に染まった剣心の項を眺めて 左之助は胸の内で呟く。 それにしても綺麗な肌だなぁ・・・ ぼんやりと見とれている間に左之助の手は 無意識のうちに剣心の肩へと伸びて行く。その手が剣心に触れるか触れないかの瞬間、剣心がすいっと立ち上がった。 「さて、拙者はそろそろ上がろう。熱くて 触り損ねた手が空を切り、ドボンと湯の中に沈んだ。我に返った左之助が慌てて剣心の背中へと問いかける。 「なんだ? 早ぇな。もう上がるのかい?」 「湯が熱うござるからな。左之も長湯をすると逆上せるでござるよ。」 「ハハ・・江戸っ子がこれしきの温度で逆上せるかよ。」 「そうか、じゃぁお先に。」 軽く振り向き笑顔を残して 剣心は浴槽から洗い場へと進んで行った。 洗い場には五,六人の男がめいめいの場所でぬかを使って垢を落としている。剣心もその中に混じると 髪を束ねていた紐を解き始めた。 その様子を浴槽の縁に腕を置き、顎を乗せて左之助はとっくりと眺めている。 なだらかな曲線を描く首筋、背中の中心をしっかりと支えている背骨の線、堅く締まったお尻など 何から何まで俺好みだと至極悦に入っている。 別に左之助に衆道の趣味があるわけではないが、剣心のこととなると話は別だ。 世の中を拗ねて裏街道を歩いていた喧嘩屋の自分を 完膚無きまでに叩きのめし、真っ当な道を教えてくれた。 幕末最強の人斬りと謳われるだけあって 剣も強ければ心も強い。 それでいて女かと見紛うほどの綺麗な顔立ちに 普段は穏やかな笑顔である。 左之助が剣心へと抱く強い羨望は 友情がいつしか愛情へと変わっていった。 だから目の前に数人の男の裸があっても 左之助にとってはむさ苦しいだけだし、剣心から僅かに離れた場所で熱心に顔を磨いている役者と思しき優男だって なま白くてなよなよとしていて気持ち悪いと思うだけだ。何と言っても剣心は 左之助にとって それにしても、と思う。 今朝、夢の中で見た剣心の裸身は 今、目の前の本物と寸分違わぬのである。 左之助の腰に回していた白い足は ほっそりと綺麗に伸びているし、ちらっと垣間見た桜色の乳首だって夢の中のままなのだ。とすると、あの極楽浄土へと昇る様な抱き心地だって夢の通りかもしれない。 ああ・・・・剣心、本当に可愛かったよなぁ・・・・・ 今朝の夢が強烈すぎたのだろう。ともすると左之助の想いは夢の中へと引き込まれる。 そこでハッと気がついた。 や、やべぇ・・・・ 左之助の下半身がむくむくと頭を コ、コラッ! 鎮まれ! 慌てて鎮めようと湯の中でピーンと弾いたら 僅かな刺激にいっそう元気になってしまった。 うわぁー、まずい! どうすんだよ、こんな所で・・・ いくら男ばかりといっても みんなの前でまさか元気の良い自分を披露するわけにはいかない。周りはともかく大事な剣心にまで 変な誤解をされてしまう。 左之助は焦った。 何とか鎮めようと他へ思いを巡らせるが 目の前には剣心の形の良い背中がある。どうしても視線はそこへ流れてしまう。 これではいつまで経っても湯から上がれそうにない。 いい加減逆上せそうなのに 焦れば焦るほど分身は言うことを聞いてくれない。 目の前には剣心の白い肌。 霞が掛かった様な白い湯気。 目に見える景色が次第に幻想めいてきて 頭がくらくらする。 意識をしっかり持とうと何度か頭を振ってみる。が、それは無駄な努力だった。 頭にかっかかっかと血が上り、滝のような汗が流れてくる。そのうちにそれは冷や汗に変わり・・・・ とうとう左之助は泡を吹いて そのままその場でのびてしまった。 後ろの方がなにやら騒がしいと 髪を洗っていた剣心が何気なく振り向くと 三人ばかりの男達が何か物体を持ち上げようとしている。よく見ればそれは真っ赤な顔をした左之助だった。 浴槽へ浸かろうとした男がのびている左之助に気づいたらしく、近くにいた者達に手伝わせて左之助を浴槽から引き上げている。 「左之!!」 慌ててその場へ駆け寄ると、左之助の脇に手をかけていた少し年嵩のいった男が剣心の方へと振り向いた。 「兄さん、お連れさんかい?」 「ああ、友人でござる。」 「そうかい。ほれ、この通り 湯に当たっちまったようだ。わしらで引き上げるから 兄さんは番台へ行って水を貰ってやってくんな。」 「わかった。雑作をかけてすまない。」 軽く一礼すると剣心は番台へとすっ飛んでいった。 「亭主! 連れが湯あたりをした。すまぬが水を頂けぬか?」 慌てて浴室から走ってきた剣心を 番台の上からすっかり見て取っていた番頭は 「へい、ただいますぐに。」と言葉を残し、転げ落ちるように番台から飛び降り、奥の母屋へと走って行く。その間にも男達の手によって 左之助は脱衣所まで運ばれてきた。 中央へと寝かしつけ、先ほどの役者と思しき男、たぶん女形なのであろう、その動作が女性的にたおやかで優しい、が水を浸した手拭いで丁寧に左之助の身体を拭ってゆく。 剣心も水とり場へと走り、手拭いを水に浸して左之助の額へと当ててやる。二,三度頬を叩いてみるが、左之助はいっこうに目覚める様子もない。 「お待たせいたしました。水でございます。」 人々が顔を寄せ集めている間から 先ほどの番頭が息を切らせて湯飲みを差し出す。剣心へと指示をした年嵩の男が受け取り、左之助の口元へと持って行くが、意識のないままでは飲むことも出来ず、水はだらだらと左之助の口元から零れてゆく。 「湯飲みじゃ駄目だ。親父、薬缶に水を入れて持ってこい。」 その男が番頭へと向かって叫ぶ。 何事かと物見高い丁稚が 慌てふためく番頭について母屋から一緒に走り出て来て 左之助を覗き込んでいた。その丁稚に向かって番頭が叫ぶ。 「亀吉、薬缶だ、薬缶に水を入れて持ってきなさい。」 「ですが番頭さん、薬缶は先ほど湯を沸かして全部二階へ持って行っちまいましたよ。」 「ああ、なんだい、気が利かないねぇ。それなら二階へ行って薬缶を取っておいで。」 「そんなことをしたらせっかく沸かした湯が・・・・」 「馬鹿。湯なんかどうでもいいんだよ。その辺にぶちまけたって構わないんだから。さっさと行って水を汲んできなさい!」 「へい。」 言いつけ通り走って行こうとする丁稚に向かって もう一言番頭の声が飛ぶ。 「その辺にぶちまけるんじゃないよ。ちゃんと井戸端へ行ってからだよ。」 その丁稚は生来きっと慌て者なのだろう。 「きっちりすることを指示しておかないと 何をしでかすか判ったもんじゃない。」と 番頭は小さい声でブツブツと呟く。 「湯あたりする客もいるかも判るめぇ。湯屋だったら薬缶に水を入れて置くぐらいの配慮があってもいいんじゃねぇのか?」 年嵩の男が番頭へと向かって 苛立ちをぶちまける。それを受けて番頭は揉み手をしながら 商売用の笑顔で言った。 「ですがお客様。当店は従来の湯屋と違いまして あの通り、たっぷりの湯に浸かれるようにしてございます。天窓も多く取り、湯気も充分抜けるように配慮をしてございますので、浴室は明るく、我慢大会のように身体を蒸すこともございません。ですから開店いたしましてから湯あたりで倒れるお客様など皆無でございまして、この方は記念すべき第一号かと。」 宣伝を織り交ぜながら落語のような返答をする。場合によっちゃ記念品でも差し出してくれそうだ。呆れて年嵩の男は黙って左之助へと向き直った。 左之助はまだ意識を失ったままのびている。水を汲みに行った丁稚はなかなか戻って来ず、誰の顔にも焦りが滲み出した。 痺れを切らせた剣心が 年嵩の男に湯飲みを貸してくれるようにと言葉をかけた。 「兄さん、どうするんで?」 「待って居られぬ。あそこの水でもこの際構わぬ。汲んでくる。」 剣心が指さした水とり場を見て 別の男が止める。 「あれはやめた方がようございますよ。腹でもこわしたら目も当てられねぇ。」 「いいえ、大丈夫でございます。当店は清潔を第一に考え、水とり場の水も毎日換えてございますので 飲んで頂いてもいっこうに差し障りはないのでございまして。今朝も夜明け前から起き出して換えてございます。」 答えた番頭に 「それならそれで早く言え。」と年嵩の男が毒づく。 湯飲みに水を満たした剣心が 左之助の前にすっと立ち、左之助の顎を持ち上げ、顔を上向ける。自分の口に水を一杯に含んだかと思うと、左之助の頬をつかんで口を開かせ、その口へと自分の口の中の水を流し込んだ。わずかに左之助の喉が動いて嚥下する。それ、もう一度と 剣心から湯飲みをひったくり、女形が走って湯飲みに水を満たして持ってきてくれた。 二,三度同じ事を繰り返すと 左之助の目がぱっちり開いた。 「け、剣心・・・・?」 すぐ目の前にある顔を見つめて 左之助がぼぉーっとした声を出す。 人々の間からどよめきが起こり、口々に「良かったな。」と声が掛かる。 「お、俺・・・?」 「湯あたりをしたでござるよ。こちらの方々がお前をここまで運んで下さったんだ。」 意識のハッキリしない左之助へと剣心が 今までのことを簡単に説明をした。そして取り囲んでいる男達へと向き直り、 「皆様には大変なご迷惑をかけ、申し訳ござらぬ。連れもこのように意識が戻ったようでござる。誠にかたじけない。」 と 一人一人に頭を下げた。 「困った時はお互い様だ。礼には及ばねぇ。」 どの顔も嬉しそうに剣心の肩を叩いている。 まったく人ごとのようにその姿をぼんやりと眺めながら 左之助は別のことを考えていた。 目ぇ開けた時は剣心の顔がここら辺に有ったよなぁ・・・なんか柔らかい物が口唇に触れた気がしたんだが・・・俺、水を飲んだよなぁ・・・・剣心が湯飲みを持っているってぇことは・・・・ うわぁー、口移しだよー。お、俺、とうとう剣心と口づけちまったんだ・・・・ うわぁー。とうとうやったんだ! しかし・・・ちょいと待ちねぇ・・・・んん??・・・・俺の馬鹿ぁ!! なんで目ぇ開けたまま気絶しなかったんだ! いっこうに覚えてねぇじゃねぇか!! せっかく剣心と口づけたってぇのによ。こんな機会はそう滅多に有るもんじゃねぇってぇのに・・・ この前の時といい、今回といい、また夢の中かよー! くぅ〜〜〜〜、悔やまれるぜ!! 笑ったり眉をしかめたりと左之助の表情は忙しい。それをまだ意識がハッキリしていないのだろうと受け取った面々は もう少し休ませておくようにと剣心へと耳打ちをする。 そこへやっと丁稚が戻ってきた。見れば、臼ほどもある大きな薬缶に水を一杯にして うんせ、こらせと顔を真っ赤にして引きずるように運んでいる。 「亀吉!なんだい!その大きな薬缶は!!」 驚いた番頭が 丁稚へと向かってがなり立てた。 「へい、番頭さん。二階へ行って薬缶を貸してくれと言いましたら、姐さんが それならこれを持っていけと言われましたんで。重くて大変でございました。」 丁稚は褒められるのだろうと胸を張って 昂然と言い放つ。 「ば、馬鹿ものーーーー!! よりにもよってうちで一番大きな薬缶を持ってくるとは!」 周りにいた者達から失笑が漏れる。 「ば、番頭さん、これをどうしましょう?」 「そんな物はさっさと奥へ仕舞ってらっしゃい!」 「せっかく持ってきたのに・・・」 丁稚は肩を落としてブツブツと呟きながら また大きな薬缶を引きずり出す。 恥ずかしさに顔を真っ赤にした番頭は そそくさと人々の群れを縫って番台へと戻って行った。 気の毒に思った剣心がせっかくだからと 薬缶の蓋を開け、湯飲みに水を汲んで左之助へと差し出す。少しは役に立ったと気をよくして丁稚は母屋へと戻って行った。 「じゃぁ、兄さん、お連れさんも意識が戻ったようだからわしらは風呂に戻るぜ。」 「そっちの兄さんも長湯には気をつけなよ。」 手伝ってくれた人々が剣心と左之助へと交互に声をかける。 「本当にお世話になってしまって・・・左之からもよぅくお礼を申し上げるでござるよ。」 「ん? ああ。 えれぇ世話になったそうで申し訳ねぇ。ありがとうよ。」 身体を起こして頭だけ下げ、 左之助は礼を言いながらみんなを見送った。その横に剣心も立ち、上半身だけを捻って顔を浴室の方へと向け、礼を言っている。 顔を上げた左之助が剣心へ話しかけようと横を向いた瞬間、自分の真ん前に有る物が視界一杯に飛び込んだ。 うわぁー、わぁー!!!! 「け、け、剣心・・・な、何か羽織れよ・・・・」 湯当たりで赤くなっている顔を更に赤くして 波打つような心臓を押さえて左之助が注意を呼びかける。 男の物など腐るほど見慣れているが、剣心ばかりは特別だ。何と言っても左之助は今朝の夢の中で 剣心にあんな事やこんな事までしてしまっている。その夢の中のぼやけた部分が 今、しっかりと目に焼き付いてしまったのだ。心臓はバクバクと打ち出し、頭は湯当たりをしたように カァーと血が上る。 そんな左之助の変化には少しも気づかず、 「ん? ああ。そうでござったな。そう言えばすっかり身体が冷えてしまったでござるよ。」 剣心はごく自然な振る舞いで 自分の脱衣箱の前へと進む。 み、見ちまったよ、俺。それもまともに、真ん前で・・・・・ お、落ち着け・・・・・どうってコト無いよな・・・克のんだって、銀次のんだっていつも見てるし・・・・お、俺んのと同じもんがついてるだけじゃねぇか・・・・ で、でも・・・剣心の毛って髪と同じ色なんだ・・・・・・・・ うわぁー、馬鹿! な、何考えてんだよ、俺・・・・・・ああ、ダメだ・・・目の前にチラチラしやがる・・・・・・・お、俺、夢の中でとんでもねぇことしちまってたよなぁ・・・・あ、あ、アレを・・・・・・ うわぁーー!馬鹿、馬鹿、考えるなーー!! 左之助の頭の中は右往左往する忙しさだ。思い出すまいとしてもボンと目の前に浮かび出て いつのまにやら夢の中へと引き込んで行く。そうなると見るまい見るまいと思っても 目は自然と剣心の姿を追いかけてしまう。左之助の後ろでごそごそと襦袢を取り出し、袖を通している剣心の その裾から覗く足首でさえも 今や左之助の妄想を駆り立てるには充分だった。 すぐにまた湯に浸かるつもりで居るのか、剣心は襦袢を紐で止めもせず、肩から羽織っただけの姿で左之助の前に立つ。違った意味で顔が赤いとは露知らず、まだ赤い顔の左之助の為に 手にした手拭いではたはたと風を送ってくれる。 「気分はいかがでござるか?」 優しい剣心の問いかけの声が 極楽の天女の声にも聞こえる。 「あ、ああ、どうってこともねぇ・・・・」 答える声も上の空だ。剣心が動く度に袖が揺れ、袷がチラチラとはためいて胸が見え隠れする様が 素っ裸で居られる時よりも扇情的で 余計に左之助の妄想は膨らみ続ける。 そこへ上がり湯を済ませた女形が浴室から出てきたようで 剣心がまた礼の言葉を述べているが、左之助の耳には心地よい音楽としか聞こえていない。そんな風に妄想の中で遊び続けて居るものだから 左之助の身体はまたも正直に反応を示し始める。下半身が突っ張る感覚に気づいた時には もう遅かった。 誰かが腰に掛けていてくれた手拭いをしっかりと持ち上げて ふんぞり返っているのだ。 わわ・・・まずい! これじゃさっきと同じじゃねぇかよ。何だって今日はこんなに起ちやがる・・・とにかくこれを何とかしなきゃ、俺の人格ってぇもんが疑われちまう・・・・ どうぞ剣心に見られませんようにと そろりそろりと身体を前屈みにして足と腹の間に隠そうとするのだが、立派に起ち上がった左之助の分身はぐいぐいと腹を押し返し、その元気の良さを伝えるものだから 当の左之助はよりいっそう焦る結果となってしまう。 俯き加減でくだんの努力をしている左之助の姿は、それを見る剣心にとっては 気持ち悪さに俯いているように見える。 「左之、無理をするな。やはりまだ気分が優れないのであろう?」 「い、いや・・・・」 左之助は下半身が気になって まともに顔を上げることも出来ない。 「こんな所で座っているよりも二階でゆっくり休ませて頂こう。その方がきっとすぐに気分も良くなるでござろう。ちょっと番台へと行って、布団なりと用意をして貰うように言ってくるでござるよ。」 気を回した剣心が くるりと踵を返す。 「だ、大丈夫だって!!」 冗談じゃない! 今立ち上がったりしたらそれこそ一大事だ。慌てて左之助が行かせまいと剣心の腕を掴んだ。が、剣心の足はもう一歩前に出ていて その勢いに左之助は引きずられ、横倒しにステンと見事にひっくり返った。 腰に掛けてあった手拭いは はらりと床に落ち、猛々しく天を突くようにそそり立っている必死に隠していた物が顔を出す。 「だいじょう・・・ぶ・・・・・か・・・・・・・・・・・」 驚いて声を掛けた剣心の言葉が 途中で途切れて行く。唖然と口を開け、その目はしっかりと 左之助の股間に注がれていた。 真っ赤になった左之助が 慌てて手拭いを拾い上げ、股間を隠すが もう後の祭りだ。 物音に驚いた女形が振り向き、くすっと笑った。 その声に気づいた剣心が ハッと首を後ろに回す。 振り向いた剣心の目に映った物は・・・・ たっぷりと襟を抜いて羽織った燃えるような緋色の襦袢、手入れの行き届いた艶々と光る長い黒髪を 細い指で 風呂から上がった役者が 鏡に向かって髪の手入れをしているところだった。 さすがに年季が入っているものと見え、所作、振る舞い どれをとっても女の中の女以上に優雅で艶めかしい。 右を見れば零れんばかりの役者の色香。 左を見ればまっ赤な顔をして俯く左之助。 剣心は その役者と左之助を 交互に見比べた。 そして、我が意を得たりと大きく頷いた。 「左之、男同士だ。それは自然の成り行きと申すもの。恥じることはござらん。あれはどう見ても女以上に色気があふれて居る。お主の歳では仕方なかろう。」 えっ!? えっ!? えぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!???? 「しかし、そのままでは身動きが取れなかろう。落ち着くまでここでゆるりと過ごせ。拙者は風呂に戻る故、左之も風邪を引かぬよう もう一度後で浸り直せば良い。」 左之助の耳元で小声で囁き、慰めるようにぽんと肩を叩くと 剣心は羽織っていた襦袢を 脱衣籠の中へと放り込み、手拭いを手に 浴室の中へとさっさと消えて行った。 ち、が〜〜〜〜〜〜〜〜〜う〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 剣心! 誤解だ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 違うんだってば〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!! 呼べど叫べど心の声は剣心に届かず・・・・・ 半泣き状態の左之助が 一人寂しく脱衣所へと取り残された。 すっかり冷え切った身体を浴槽へと沈め、剣心は思う。 いやぁ、参ったでござるな。あんな大きい物を見せられて、正直なところ焦ったでござるよ。左之助もまだまだ青い・・・・・しかし、あんなに大きくては左之助の相手をする そこでふと視線を湯船の中へと落とし・・・すぐに顔を上げて上を見た。 やめよう・・・拙者までおかしくなりそうでござる・・・・ 天窓からは気持ちの良い日差しがあふれ、天竺へと続く階段のように光が延びている。その中を浴槽からゆらゆらと上がる湯気が立ち上がり 様々な模様を煌めかせる。 誰かが使う桶の音も水音も ゆったりとたゆとう時間をくつろがせる。 剣心は手足を伸ばし、気持ち良さげにうーんと大きく伸びをした。 一方、脱衣所へと残された左之助は。 女形ににんまりと笑いかけられ、「今夜いかが?」と迫られていた。 助けてくれ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜! けんし〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! まだまだ左之助の災難は続きそうである・・・・ 了 2004.2 |
毎度の馬鹿馬鹿しいお話に最後までおつきあい下さって ありがとうございます。 ほんの少しでもクスッと笑って頂けたのなら 座布団を一枚送ってやって下さいませvv |