【 夏の気配 】                     〈4〉




梅雨の合間に顔を出した太陽は、充分に夏の気配をまとっていた。
頬を抜ける風が心地よい。
腰の下では生ある物のように、規則正しく刻み出されるエンジン音が、自分の鼓動と呼応する。
こいつと旅をするのは随分久しぶりだ。
愛しい恋人に触れるように優しくタンクをひと撫ですると、回転数を合わせ、シフトダウンとともに右手のスロットルを大きく回した。
とたんに唸りを上げるエンジン音。
心地よく耳に聞き取りながら、ちらっとバックミラーを見た。
「ついてくる。」
こちらの加速に合わせて、距離を離すでもなく狭めるでもなく、一定の間隔を置いてついてくる 小さな影。
大津を出た辺りから、その影は剣心の後を追って 一定の距離を保ったままつき従ってきた。
加速をすれば後ろの影も加速をする。
先ほどから何度か繰り返されている同じ行為に 独りでに頬がゆるんだ。



休めなかったゴールデンウィークの代わりに一週間の休みが急に取れた。
何をするつもりの予定もなく、久しぶりに愛車を磨いてやろうとバケツと布きれを用意するとガレージの中からドゥカティを外へ出した。
キーを差し込みセルを回す。
アクセルを回すと快い唸り声を発する。
3,4度エンジンを吹き上げると静かに切り、そして、タオルで磨き始めた。
日差しに生えて輝く紅いフォルム。
カウルの中に白い雲と自分の顔が見えた。
振り返って空を仰ぐ。
眩しい太陽が透けるような青の中で ぽっかりと浮かんだ雲の間から顔を出している。
とたんにバケツとタオルをガレージの中に放り込むと部屋へととって返した。
下着とTシャツを2枚掴むとバッグの中に押し込んだ。
替えのジーンズが1本。
本棚から地図を取り出してテーブルの上に広げた。
しばらく黙って見つめた後、テーブルにあったライターを手にすると 2歩ほど後ろへ退いた。
くるりとテーブルに背を向けると肩越しにライターを放り上げる。
コトンと落ちる音とともにテーブルの上の地図を見つめた。 
ライターが指し示していた場所は長野県。

信州か…空気も風も心地よい。

ガレージにとって返すと テントとシュラフを積み、スタンドを蹴り上げ、バイクに跨っていた。
泊まる場所も何も決めず、勝手気ままに過ごす一週間。
俺にとっては極上の休暇となりそうだ。
そんな予感は、肌を刺す、初夏の熱気も気にならなかった。
ツーリングに出るのは1年ぶりか・・・この春先は仕事が続き、ろくに休みも取れなかった。
ベッドの中で、温かい日差しを何度恨めしく眺めたろう・・・
久しぶりに跨る愛車は、自分を待ち焦がれていたように風に吼え、クラッチもアクセルもしっくりと手になじんでいた。


京都南のインターから入り、車の流れに乗りながら流していると、左手に琵琶湖が見える頃、後ろの影に気がついた。
つかず離れずぴったりと付いてくる一台のバイク。
こちらが飛ばせば、同じように飛ばし、アクセルを緩めると同じように緩める。
それでも、後ろのバイクは東名に入るだろうと思っていると、小牧から中央道へと入ってきた。
彼も同じ方角か・・・・
知らない人物に いささか興味を覚えた。
土岐を超えた辺りで予備タンクを開く。
恵那峡で補給をしよう。
喉も少し渇いた。
付いてくるだろうか・・・・
何故か後ろが気になりながら、左へウィンカーを出し、サービスエリアへと緩やかに減速した。
空いたスペースを探し、自動販売機の前に止めると、その横へ滑るようにもう一台のバイクが止まった。
KawasakiZRX1200。
上背があり、細身だが痩せてもいず、バランスのとれた身体が薄いTシャツで覆われている。
黒のつなぎは暑さのせいか腰まではだけ ウェストで結んでいた。
このシルバーグレーのマシンを操るには 充分すぎる体格かと思われた。
エンジンを切り、こちらへ向き直ると、フルフェイスのヘルメットの中から 意志のはっきりした黒い瞳が笑いかけた。

「よう。」

短く声をかけてくる。
こちらもメットの中から笑みだけは返し、次に起こるだろう相手の反応を予測しながら、静かにメットを脱いだ。
一瞬の沈黙の後、
「あれ。お前、男か?」
「残念だったな。下心があってついてきたんだろうが。」
「そりゃ、詐欺だぜ。」
「こちらは騙すつもりなど無いんだ。お前が勝手に間違えただけだろうが。」
「まぁ、そうだけどよ。でも、これで納得がいったぜ。あんたの走り。女の割にすげえなって思ってたんだ。」
「すごいのはそちらだろう。どんなにスピードを上げてもピタリと付いてきて。減速すれば減速したで 決して距離を詰めず、まるで同調しているみたいに。」
「そうかい?あんたの後ろは結構楽しかったぜ。」
「それは違う想像で楽しかったんだろう?」
「ちげーねー。」
そう言いながらも、落胆した風もなく人懐こい笑みを見せると
「俺は相楽左之助。ここで知り合ったのも何かの縁だ、よろしくな。」
と 気安げに背中をたたいた。
相手にのまれる形で、
「緋村剣心。れっきとした男だ。」
自分の言葉に苦笑しながら言った。
今時、緋い髪などは珍しくもないだろうが、長く伸ばしているのと、背丈が低く華奢な体つきは バイクに乗っている時などは、判別が付きにくいらしい。
左之助のように間違って声をかけてくる輩も 今までに優に両の手を超える。
大概は男だと判ると 気まずげに言葉を濁して そそくさと退散するのがいつもの例だ。
が、
左之助はちょっと変わっていた。
自販機から出てきたコーヒーを片手にベンチに腰掛けると、自分もコーヒーを片手にして さも当然そうに横に座り込み話しかけてくる。
よほど人好きのする性格と見える。
「んで、剣心、これから何処へ行くんだ?」
今、知り合ったばかりだというのにもう呼び捨てだ。
面食らいながら、
「信州へ行こうかと。」
と、行き先を決めた経緯を話して聞かせた。
「へぇー。そいつは愉快だ。信州ねぇ。俺もここんとこ行ってないし・・・・よっしゃ、俺も行くぜ。」
「えっ?」
「それで、何日間の予定よ?」
「ああ。一週間休みが取れたから 何日間ツーリングするかは決めていないけど 一週間以内だな。」
「おう。ちょうどいいや。俺もちょうどバイトの金も入ったことだし。旅は道連れってな。よろしく頼むぜ。」
いいとも悪いとも言わない内に勝手に決められてしまった。

変わった奴だな。

そう思ったけれども、先ほどからの走りを見ていると 足手まといになるとも思えない。飽きればすぐに離れていくだろうと しばらく二人で走ることに決めた。
「それで今日は何処に泊まる?」
「べつに、決めてないさ。何せ3時間ほど前に 急に行き先を決めて出てきたんだから。」
「ふーん。じゃあ、俺の友達(ダチ)ん所に転がり込もうぜ。」
「そんな急じゃ 相手も迷惑だろう。」
「かまわねぇって。気にするような所じゃねぇしな。」
先ほどの強引さから言って、相手の迷惑など一顧だにしないのだろう。
「松本なんだけどよ。堀金村っていう山ん中よ。そこで一人で住んでんだよ。ちょっと変わった奴だけど、気はいいから大丈夫だぜ。」
この男の友人ならさぞかし変わっていることだろう。
この男にも その友人にも少し興味を覚えた。
「じゃあ、相手の方さえよければ 世話になるよ。」
「よーし。話は決まった。じゃあ連絡してくるぜ。」
身軽に立ち上がった左之助は、公衆電話のボックスへとすべりこんだ。

待つとはなしに待ちながら、目の前に広がる山々を眺める。
木曽山脈を形作る雄大な山々は、初夏の新緑とまぶしい光りに照らされて、胸を張るように誇らしげにそびえていた。
旅に出たんだ。
そんな感慨も急に胸の内に湧いてくる。
煩わしい人間関係も、モニターに映る無機質なアルファベットの文字も、この山の前ではすべてが取るに足らないようなことに思えてくる。
雄大な自然の中に身を置いて そんな思いにとらわれていると、
「おう。いいってよ。ただし食料は自分で調達して来いってぇ言ってた。」
電話を終えた左之助が、友達の言葉を伝えてきた。
こうして左之助との奇妙な二人旅が始まった。



恵那峡から後に続く恵那山トンネルは バイクにとって不愉快なことこの上ない。
長く続くトンネルは、なま暖かく、車の排気ガスで満ちている。
通り過ぎたときには 顔も肺の中も真っ黒だ。
その道を延々8Kmも我慢する気には とてもなれない。
それで、時刻的にも早いからと中津川で高速道路を降り、国道19号線で松本へと向かうことにした。
険しく切り立つ山々の間に ほんのわずかばかりの土地につけられた道。
木曾路はすべて山の中であると言ったのは島崎藤村だったか。
そんな言葉を思い出しながら走っていると 肌に絡む風が、温度を変えて身体にまとわりついてきた。
風と自分が一体化する。
その一瞬を味わいたいが為に バイクに乗るのかもしれない。
ミラーで後ろを見ると、左之助も風との対話を楽しんでいるようだった。

妻籠を抜けると中山道に沿って走ってゆく。
平行に、時には旧街道上を。
昔のたたずまいを残した家々。
今は、一時間あまりで塩尻まで抜けるこの道を 昔の人はどれぐらいの時間をかけ、通り過ぎたのだろうか。
森の匂いをかぎ、木曽川を左に眺める。
前方に頭ひとつ高く見える山は乗鞍だろうか。
気が付くと奈良井宿まで走っていた。
塩尻に近づくにつれ、鄙びた景色は少なくなり、リンゴ畑が広がり出す。
少し北欧の香りがすると思うのは、店に並ぶワインのせいか。

松本にはいると左之助が小さくホーンを鳴らした。
前方に見えるスーパーマーケットに入れということらしい。
駐車スペースに2台並べて停めた。
店に入ると、
「肉にしようぜ。簡単でいい。」
左之助はそう言うと 厚切りのステーキを3枚、かごに放り込んだ。
「お前、こっちはいける口か?」
手真似でコップを傾ける仕草をする。
「ああ。少しは。」
「じゃあ、これ位はいるかな?」
2L缶を2本掴んだ。
「ワインもどうだ?」
「アルコールなら何でもいいぜ。」
その言葉に 結局、ビールとワインと酒といった大量のアルコールを バイクの荷台に積み込んだ。

ここから先は 左之助が先に走って案内してくれる。
19号を北上して、豊科まで出ると左に折れた。
そこから山の方へ向かう。
まばらに建ち並んでいた家も 神社の樫の木を超えた辺りから無くなってしまった。
しばらく緑の中を走ると 視界の中に丸太小屋が飛び込んできた。
減速しながら左之助が 2度大きくエンジンを吹かした。
その音を聞いて、庭にいたのだろうか、背の高い人物が塀の入り口に顔を見せ、大きな声で叫んだ。
「左之助!うちは連れ込み宿じゃねえぞ。」
「おう。克、そんなんじゃねえよ。」
大声で叫び返しながら、その人の横にバイクを停める。
その後ろに停まり、メットを取って挨拶をする。
「お言葉に甘えてすみません。緋村と申します。」
「こいつは、緋村剣心。男だぜ。」
「バ、バカ・・・おまえが、美人を連れて行くって言うからてっきり女かと・・・すみません。月岡克浩です」
「いや。よく間違われるんで慣れてます。そう言う左之助も間違えたんですから・・・」
「へへ。そういうこった。でも、綺麗だろ? ほうら。ぐだぐだ言ってねえで飯だ、飯だ。」
左之助のその言葉が合図となり、荷物を下ろすと丸太小屋へと案内された。
中は15畳ほどの広さだろうか。
キッチンと 大きなテーブルがひとつ置かれたリビングになっていた。
玄関横には、上のロフトへと上がる 階段とも呼べないような螺旋状のはしごが付いていた。
ここの主は、この丸太小屋とその隣に建つ母屋とを所有していた。
もともとは誰かの別荘だった母屋を買い取り、広い敷地に自分一人でこの丸太小屋を建てたそうだ。
絵を描いたりする主は、母屋を自分の私室に、この丸太小屋の2階を絵を展示するギャラリーにしているようだった。
「何処でも好きなところで寝ろ。」
という月岡の言葉に
「今日は星が見えそうだ。」
と言って、左之助はロフトに陣取ることに決めた。
ロフトには、斜めに掛けられた屋根の中央に大きく窓が取られてあった。
左之助の言う通り、夜になると一面に星が眺められそうに思えた。
荷物を置くと階下に降り、先ほどから泣いている腹の虫を収めるため、早速夕飯の支度にかかった。
「何か食料を仕入れてきただろうな?」
そう問う月岡に
「ほら。克。ステーキだぜ。旨そうだろ?」
「おお。そんな物にお目にかかるのは、半年ぶりぐらいだぜ。」
「お前、相変わらずろくなもん食ってねぇな。今年もなすびばっかか?」
「いや。去年に懲りて 今年は色々と植えてみた。」
二人の会話をきょとんとして聞いていると 月岡が説明してくれた。
「去年は、近所の親父が種をいっぱいくれたものだから なすびの種をまいたんだ。そうしたら、ろくに手入れもしないのに山ほど出来てしまって。実家にも持っていったりしたんだけど、次々出来てくるんだ。スーパーの袋いっぱいを5回ぐらい運んだら、違う野菜が出来るまで来るなって。
それで仕方なく、毎日なすびさ。なすびの漬け物になすびの煮たの、なすびのステーキに焼きなす。いい加減うんざりしたぜ。それで、猫と鶏になすびをやったら、あいつら嫌いだってさ。
猫なんか、なすびが無くなるまで家出しやがった。一人で食ってたら仕舞いには顔が紫になっちまった。」
「近所に配ればどうかって言ってやったんだよ。そうしたらさ、この辺の人はみんな自分の畑になすびを植えていて、売っているんだとよ。」
後の説明は 左之助が引き取った。
紫になったかどうかは分からないが、窓から見える庭の畑全部になすびを植えたのだとしたら、そして、それを全部食べたとしたら、人間がなすびと化してもおかしくないだろうと左之助の言葉を聞きながら思った。
「野菜だけはたっぷりある。」
という月岡の言葉通り、庭からキュウリやトマト、にんじんなどをもいで笊一杯に持ってきてくれた。
「ほらよ。」
左之助に投げ渡された青みのかかったトマトを頬張ると、ほどよい酸味と凝縮された甘みが口いっぱいに広がる。
「うまい!」
思わず叫ぶと、
「だろ?見てくれは悪いけどよ。」
「ろくに手を掛けない方がトマトは旨いんだ。生きていくぎりぎりの線だけを保って水をやると、こいつらも野生を思い出して、皮を厚くして毛を生やして太陽から身を守る。そして、中に甘みが凝縮されるんだ。人間も野菜も、甘やかしちゃいけないって事だろな。」
「それ、俺に言ってんのか?」
「少しは自覚してんのか?」
二人のやりとりに笑顔をこぼしているうちに、男3人で たいして手間のかかっていない、野性味あふれる料理が出来上がった。
まずはビールで乾杯。
「ようこそ。」
と改めて月岡が剣心に向かって歓迎の意を表した。礼を述べながらグラスを合わせる。
朝には思いもしなかった人々との出会い。
急に思い立った旅の醍醐味かもしれない。
ほのぼのとした思いを胸に抱きながら、よく笑い、よく食べた。

テーブルの上の料理があらかた片づいた頃、オフロードのバイクの音が聞こえた。
そのエンジン音がこの家の前で止まる。
続けてもう一台。
月岡が応対のため玄関へと向かった。
「おう。おまえら丁度いい。入れ入れ。」
招き入れる月岡の声がする。
「ええ。でもお客さんなんじゃあ・・・?」
「構わないよ。左之助だ。それと友達と。」
「ええー? 左之さん、ドゥカティ買ったんですか?」
質問とともに 二人の男が入ってきた。
「バカ野郎。俺がそんなに出世してる理由ねーだろ。それはこいつんだ。」
「やっぱりねぇ。」
「左之さんにそんなおしゃれな友達いたんすか?」
「へへ。実はよう。今日知り合ったばかりなんだ。」
「なんだ? あんたも左之助に拾われたのか? こいつは強引だからなあ。」
月岡が 剣心に向かって問いかけた。
あんたもということは、この人もか・・・・
目の前の男なら 辺り構わずやりかねないと苦笑が漏れた。
そんなこちらの思いなどお構いなしに 左之助は、木下と迫田という二人に向かって 今日の出来事を語っていた。
「やっと、あのカワサキを手に入れて 気分も良かったんで、慣らしがてらに大阪までの荷物の配達を請け負ってよぉ。帰りは、大阪見物でもって思ったんだがよ、人がやたらと多くって走りにくいんで、東京に帰るつもりで名神を走ってたらよ、前の方に真っ赤なバイクが走ってるわけ。
よっく見ると、かっこいい嬢ちゃんじゃねえか。これは声を掛けずばなるめぇって追いつこうとするんだけどよ、はえーの、早くないのって。死にもの狂いで追いかけたんだぜ。」
「ナニ言ってるんだ? 余裕で追いついてきたくせに。」
「オイ。コラ。こっちは死にそうだったんだぞ。軽く180Km位は出てただろう?」
「そうだったかな?」
「こっちは、バイクのテールがよれた感じがするしよ。おかげで新品のバイクが、慣らしにもなんねえで・・・・なんか、シリンダーにゴミがたまってそうな気がするぜ・・・・
それで、やっと恵那峡で捕まえたんだがよ。メットを取って吃驚、さ。男なんだぜ。はめられたというか・・・・・」
「左之さんに追いかけられちゃ、男でも女でも怖くて必死に逃げますぜ。」
「違いない。」
すかさず、頷く。
「おう。どういう意味だい?」
合いの手を入れる木下と迫田に 一睨みを利かせてから剣心へと向き直ると
「お前、それまでゆっくり走ってたのに 急に飛ばしたのはどういう理由でぇ?」
片方の眉を上げながら尋ねてきた。
「厳ついのが後ろから追いかけてくるから、怖くて必死に逃げたのさ。」
と、二人の話に合わせると、みんなが大笑いとなった。
気分を害した左之助が唇を尖らせながら、
「本当の理由言いねぇ。」
と、なおも迫ってくる。
「女とよく間違われて後を追いかけ回されるんで たいがいは撒く事に決めている。あんなにぴったりつかれたのは、初めてかな?」
「さすが左之さんだ。」
木下のこの一言で、左之助の機嫌は直ったらしかった。
その後は、木下と迫田の近況の話となった。
二人は近くの村に一緒に住んでいるそうで、家具を作っているということだった。
もともとは東京で働いていたらしいが、自分たちの納得のいく物が作りたいと、幾ばくかの資金を貯め、農家を工房代わりに買い取ったそうだ。
こだわりの家具はなかなか売れず、あまり生活も豊かではないと言うことだったが、翌日の昼食は是非一緒に取ろうと 左之助と剣心を招待してくれた。
持ち込んだビールやワインがほとんど無くなる頃、二人は温かい笑顔を残し、帰っていった。

風呂を借りてロフトに上がると、左之助が空を見ていた。
「何にも見えねえや。」
残念そうに呟くと、ゴロリと横になった。
その隣に横たわりながら窓の外を見ると 厚い雲が空一面を覆っていた。
明日は雨かもしれない。
少し憂鬱になりながら、快い疲れに身を委ね、深い吐息とともに眠りに落ちた。




 〈 NEXT 〉