〈 1.3.4 〉 翌日、左之助がバイトから帰ってみるともう帰っただろうと思った比古がまだ居て面食らわされた。 「何で今夜も泊まるんだよ!?」 と抗議する剣心の声はあっさり無視をされ、その夜も当然のようにベッドを占領された。 その翌日の帰り道、まだ居るかも知れないと予測をしたら 本当にまだ居座っていた。 それから3日。 比古は何故か二人の部屋に居着いている。 比古が泊まった翌朝に当然帰るだろうと思っていた左之助は 講義の為に自宅を出る時に「どうぞごゆっくり。」と確かに声は掛けた。だが、これじゃぁ、ゆっくりしすぎだろう。 親子のバトルは相変わらず大なり小なり繰り広げられているし、怒った剣心が思いつく意趣返しはことごとく比古の返り討ちに遭い、更に機嫌の悪くなった剣心を宥めたり、すかしたり、或いは喧嘩をしたりとその度に左之助も被害を被っている。 剣心とゆっくり過ごすはずの夜は 比古の酒の相手を務めさせられ気持ちの落ち着く暇がない。比古は昼間はどこかへふらりと出かけているらしいが、夜には必ず戻ってくるのだ。だから剣心とおちおち仲直りのキスも出来やしない。それでいながら夜には一つしかない布団で 身体をピッタリとくっつけて剣心と眠らなければならないのだ。これじゃ、蛇の生殺しだと左之助の下半身も悲鳴を上げそうだ。 「親父さん、何時まで居るつもりなんだよ?」 と堪らず剣心に聞いては見たが、 「さぁ・・・毎日帰れとは言ってるんだけど、俺への嫌がらせが気が済むまでじゃないか?」 とこちらも辟易しながらの生返事だ。 この狭い部屋の何処が良くって、そして何の目的で居るのかはハッキリ判らないが、比古は上機嫌で居着いていた。 その夜、バイトが引けて左之助が帰ってきたら部屋の電気は消えていた。 「何だ、二人とも留守か・・・」 ひとりごとを呟きながら玄関の扉を開き、1歩中へと踏み込んだ。脇にある電気のスイッチを指で探していると奥の部屋から呻くような声と何やら人が蠢く気配がする。 泥棒か!?? 慌ててスイッチを入れて部屋の中へと踏み込んだが怪しげな人物は見あたらない。が、奥のベッドで剣心がロープでぐるぐる巻きにされて芋虫のように転がっているのが見えた。ご丁寧に口には粘着テープが貼られている。 「オイ!剣心、どうしたんだ!? 強盗か??」 そこまで言ってからコイツが強盗にやられるはずもないと思い直した。強盗だったら転がっているのは強盗の方だろう。 見た目は華奢だがさすがに武道を色々たしなんでいるだけはあって 剣心の動きは素早い。左之助も喧嘩に関しては腕に覚えはある方だが、二人でほたえてじゃれ合っている時など剣心にどうしてもパンチが当たらない。それもあの比古を相手に格闘してきたのだと思うと 知らずのうちにもかなりの修練を積んだことになるのだろう。 ざっと見回してみても部屋の中は荒らされた形跡もないし、だいいちこの部屋から盗むほどの物なんて有りもしない。 剣心の横に腰掛けて口に貼られた粘着テープを気をつけながらゆっくりと剥がしてやった。肌に残るテープの痕が痛そうだ。 「あんのヤローー!! クソ親父!! 帰ってきたらただじゃおかねぇ!!」 自由になった途端に剣心が比古のことを口汚く罵った。 「ああん? お前、親父にやられたのかよ?」 「ああ、いつものように喧嘩になってやり合ってたら 俺をふん縛って出て行きやがったんだ。『そのまま反省しとけ。』とか言って。クソッー!」 「で、いつから縛られてたんだよ?」 「昼前から。」 「ええーー!? って、もう8時過ぎじゃん。その間ずっとお前この格好で居たわけ?」 「ああ。いつもならすぐに自分で何とか解くんだけど 何処をどう縛りやがったのか全然緩まないんだ。んっとにムカつくぜ!!」 「いつもって・・・・お前しょっちゅうこんな目に遭ってたわけ?」 「ああ。ガキの頃からな。気に入らなければぐるぐる巻きで山の中で一昼夜だ。それより早く何とかしてくれよ。俺、トイレに行きたいんだよ。」 「あ、ああ。わかった・・・・」 身体にかけられた何本かのロープの結び目を探す。後ろ手に手首を結わえられ、上半身から下半身まで見事にぐるぐると巻いてある。強盗だってここまで丁寧には巻き付けないだろうと可笑しくなったが、剣心をこんな目に遭わせられる比古の馬鹿力も相当なものだと少し背筋が寒くなる。 二人の格闘はかなりの物だったとみえて、ずいぶん派手に抵抗したらしく剣心のシャツはジーンズからはみ出し、胸のボタンは千切れてはだけた胸元から白い肌が覗いている。が、ロープが食い込んだ肌は何とも艶めかしく、つい左之助に在らぬ想像を起こさせる。 知らずのうちに指が動き、ロープの隙間からシャツを横に広げてみると 桜色の胸の尖りが少し顔を出した。 「うわぁー、エロチック!!」 「バカ! 何言ってんだ!」 「これを放っておくって手はないよなぁ・・・・」 ニヤリと笑って人差し指で尖りの先を軽く突く。2,3度突いて抓むとすぐにピンと起ち上がった。 「わっ、バカ。やめろ!!」 「何で? いいじゃん。こんなおいしいシチュエーションなんて滅多と有るもんじゃねぇし。すんげぇそそるよなぁ。」 剣心を前にして左之助は舌なめずりをしたオオカミ同然。涎もタラタラ流さんばかりだ。 「んなこと言ってないで早く解けよ。」 「うへへ・・・慌てるなよ。ちょっと楽しんでから、なっ。」 「やめろって!!殴るぞ!!」 「おぅ、その体勢でやれるもんならやってみな。」 ニタニタ笑いながら左之助の指はロープの隙間から剣心のシャツを更に横に広げ 可愛らしく起ち上がった胸の尖りを擽り出す。 「んっ・・バカっ! 俺はトイレに行きたいんだよ! 早く解けよ!」 「へへへ・・・トイレは我慢するんだな。何なら俺が飲んでやろうか?」 意地悪く笑い、日頃の鬱憤晴らしと目の前のおいしいごちそうに 左之助の耳は聞く耳持たずでここぞとばかりに剣心を苛めだす。 「お前ーーー!! 本当に殴るぞ! 後で後悔するな!!」 「おぅ、後悔なんかしやしねぇよ。」 まったく剣心の話は聞いていない。左之助は頭を落とすと弄んでいた剣心の乳首を舐めて舌を這わし出した。 「んんっ・・・あっ・・・」 左之助に慣れた身体は途端に背を反らして反応を返す。甘いくぐもる声が剣心の口唇から漏れると左之助はいよいよ調子に乗りだした。 「へへ・・なっ、感じるだろ?」 「バカ・・・んふぅ・・・・・親父が何時帰って・・・・来るかもわかんねぇのに・・・・アァ・・ッ・・」 「うわぁー、すんげぇ色っぺー!!堪んねぇぜ。」 白い喉を見せて仰け反る姿に この上もなく欲情をそそられて左之助の下半身は猛りだす。 比古が来てから毎夜地獄のような日々を味わっていたのだ。我慢も限界に近い。こんなシチュエーションを用意しておいてくれるなら 比古が居るのも悪くないなどと現金に左之助は思い直す。 さて、このウマそうな素材をどう調理したものかと イケナイ想像が頭の中一杯に浮かんでにへらにへら笑いながら左之助の手は 剣心の身体の至る所を這いだした。 「・・アアッ! ハァ・・・・やめ・・・・ろ・・・」 煽るような剣心の吐息に 鼻血が出そうだ。 「いただきます」と剣心のジーンズに手を掛けた瞬間、玄関の扉がバタンと閉じる音がした。 心臓が飛び出すぐらいに驚いて 慌てて剣心のシャツを寄せ合わせる。座り直してさも今、ロープを解いてましたと言わんばかりの状態を作り出した。何とか滑り込みセーフのようだ。 戸惑いも無くズカズカと上がり込んできた比古は キッチンの椅子に腰掛けながら 開いた扉から奥の部屋のベッドへと目を走らせる。 「何だ? お前ら! 悪い遊びしてんじゃねぇぜ!?」 しっかり見られていた。 「バカやろーーー!! 俺をこんな格好で放り出しやがって!! それがいい年をした息子にする仕打ちかよ!!」 途端に剣心が威勢良く怒鳴り返した。 「あん? 何だ、お前。ずっとそのままで居たのかよ? 早く自分で解きゃ良かったのに。俺はまたお前がその格好が気に入って坊主と遊んでるのかと思ったぜ。」 「何で!!解けるもんならとっくの昔に解いてるさ! 親父ーーー!! 何なんだよ! この結び方は!!」 「アハハハハ・・・・・絶対に縄抜けの出来ねぇ結び方ってぇのをこの間思いついたもんでな。試してみたんだが、そうか。お前でも解けなかったか。こりゃいつでも使えそうだな。」 至極呑気に比古は大口を開けて笑っている。益々険悪な表情になって行く剣心と比古を眺めながら、いったいこの親子は今までどんな生活を送っていたんだと左之助は大きく溜息を吐いた。その左之助へと比古が笑顔を見せて問いかける。 「坊主! どうだった? 俺の置き土産は。楽しめたか?」 解こうとロープに手を掛けていた左之助の表情が一気に凍った。 「イ、イヤだなぁ。親父さん、そんな冗談は・・・お、俺は今帰ったばっかりで・・・」 その顔は頬が痙攣し、完全に引きつっている。 「何だ。気に入らなかったのか。そりゃ残念だ。まっ、コイツまずそうだもんな。」 「ハハ・・ハハハ・・・・」 「誰が!! 親父ーー! からかうのもいい加減にしろよ! だいたい親が子供に向かって普通そんな冗談を言うかよ!! まったく!!」 左之助の乾いた笑い声に 剣心の怒鳴り声が重なる。 「甘ぇんだよ。お前は。何年俺とつきあってんだ?」 しゃあしゃあと言ってのけて 比古は持って帰ってきた重そうな紙袋を開けだした。中からはパチンコの戦利品と思しきスルメやつまみがぞろぞろと出てきた。 「俺を縛ってテメェは呑気にパチンコかよ!」 「なに何時までも当たり散らしてんだ? 俺は気を利かしてやったんだ。ありがたく思いな!」 「ハン! 誰が!!」 怒鳴る剣心をよそに 左之助はテーブルの上に広げられた品数を見て驚いた。 「えらく当てたんじゃないですか? すげぇ量だ・・・・」 「あん? 俺はパチンコなんて初めてしたがよ、出ねぇってちょっと店員を怒鳴ったら何か玉がすんげぇ出るようになってな。これ以外に金までくれたぜ。なんだな。チョロすぎてあんまり面白味のねぇもんだな。」 「はぁ・・・・」 きっと比古のことだ。やくざよりも始末が悪い。怒鳴られた店員は可哀想に あまりの怖さに玉を出したのだろう。比古に来られたパチンコ屋こそいい迷惑だ。きっと今頃は塩を撒いているに違いないと剣心も左之助も胸の中で思った。 「脅しじゃないか・・・・まったく・・・・」 大きく溜息を吐いて剣心が呟いた。 「何か言ったか?」 「何にも! 左之、早く解いてくれ。」 「あ、ああ。堅ぇんだよな、これ・・・・」 呆然としていた左之助が我に返ってまた剣心を縛めているロープに手を掛けた。何処をどう結んでいるのやらロープはなかなか緩まない。少し緩んでいた結び目を見つけて 苦労しながらやっと左之助は剣心の身体に巻き付いていたロープを引き離した。手首や足にはくっきりとロープの跡が残り、白い肌に赤く浮かび上がっている。それを見るとまた左之助は先ほどのイケナイ想像が頭の中に広がり、鼻の下が伸びて思わずニンマリする。そのロープの後をさすりながら左之助へと向き直った剣心の表情が眉間に皺を寄せ険しく変わった。と思う間もなく、にわかに左之助を殴り倒した。 「何すんだよー! テメェ!!」 「後で後悔するなと言ったはずだ!」 吐き捨て、剣心は慌ててトイレへと駆け込んだ。 殴られた頬に手を当ててベッドの横で左之助は呆然とする。その左之助を見つめて 心底気の毒そうに比古がポツリと呟いた。 「坊主。お前も苦労するなぁ。」 何なんだよ! この親子はよぉーーーーーー!! 左之助はまったく泣きたい様な気分になった。 次の日の朝、剣心は朝食にメキシカンサラダを作ると言い出した。 側で手伝う左之助はアボカドを潰し、剣心に言われるままにシーズニングを加えヴァカモーレを作っている。 それぞれの皿に野菜を盛りつけタコシェルを細かく砕いて振りかけ、ディップが出来上がったところで3等分にして 剣心が二つのサラダボゥルに盛りつけた。 ボゥルの中にはまだ一人分が残ったままだ。 剣心はしきりに戸棚の中を覗いて何か捜し物をしている。 「オイ、剣心、これどうすんだよ?」 残したままになっているディップを見つめて左之助が問いかけた。 「ああ、もう一工夫するからそのまま置いといてくれ。」 「もう一工夫って・・・?」 どうするつもりだろうと左之助が首を傾げているところへ 剣心が「有った、有った。」と戸棚の奥から小さな小瓶を取り出してきた。 手に掴んでいるのはグリーンタバスコだ。そのタバスコを迷わずボゥルの中へと盛大に振りかけだした。 「おい、何してんだ?」 「シィー。」 剣心が人差し指を口唇に当てて 左之助に黙れと命じる。そしてひそひそ声で左之助へと説明を始めた。 「今日こそ目に物を見せてやる。俺をあんな目に遭わせやがって・・・同じ緑色だから、混ぜちゃえば絶対に判りっこないだろ?」 「って、コレ、親父さんの? それってマズいんじゃないか? こう言っちゃ何だけど、お前の親父ってお前より上を行ってるぜ?」 「だから俺が苦労してるんだよ。でも今日こそはウマく行くって。コレを食った親父の顔を想像してみろよ。」 タバスコ入りのディップを混ぜながら、剣心は嬉しそうな笑顔を見せる。臭いを嗅いで「うん、コレなら大丈夫だ。」とご満悦の様子だ。 「おい、左之、舐めてみろよ。」 人差し指に掬ったディップを左之助の口元へと近づける。見た目にはとろりとしたアボカドの緑も鮮やかで旨そうだ。好奇心も手伝って言われるままにちょっと舐めてみた。 「ウッ・・・・」 思わず漏らしそうになった大声を慌てた剣心の手が塞ぐ。ジワーッと広がっていく辛さが次第に口の中で増して舌がビリビリ痺れてくる。舌も喉も口の中が火事のようだ。思わず剣心の手を払いのけて水道の蛇口から水をごくごくと飲んだ。 「そんなに辛いか?」 「辛いってもんじゃねぇぞ。お前も舐めてみろよ。」 左之助に促されて剣心も指に掬って舐めてみる。 「ウッ!!」 同じように大声を出しそうになったのだろう。自分の手で自分の口を押さえている。左之助がグラスに水を入れて渡してやると舌を出して水の中に浸けていた。 「ひぃー!」 「なっ! ちょっとこれマジでやばくねぇか?」 「すっごく効く! よし、これならおもしろいものが見れるぞ。」 ウフフと笑い、目を輝かせて子悪魔のような笑顔を綻ばせる。 コイツってかなり執念深いんじゃねぇのか?・・・・喧嘩をした翌朝はくれぐれも食事には注意をしようと左之助は心に誓った。 コーヒーを立てているとその香りに誘われたのか比古が起きてきた。朝の挨拶をして入れ替わりに左之助が着替えをする為に寝室の部屋へと入って行く。比古はダイニングの椅子にどっかと腰を下ろし、剣心に「新聞。」と言って手を差し出した。 「その辺に置いてなかったかなぁ?」 「ねぇよ。」 「っと、そう言えば今朝はまだ取ってなかったか・・・」 「じゃ、先に顔でも洗ってくるか。」 椅子から腰を上げる比古は何も知らないで呑気なものだ。その様子を見て自分の企みに心の中でほくそ笑みながら カップにコーヒーを注ごうとしていた剣心は サーバーを置いて玄関の郵便受けを覗きに行った。そして1歩遅れて比古は洗面所へと姿を消した。 暫くして今朝も上辺だけは穏やかな3人の朝食の風景が繰り広げられた。 「俺、今日はちょっと出かけるけど、親父はどうする?」 剣心がクロワッサンにかぶりつきながら比古に訊ねる。 「どうするって何処に行くつもりだ?」 「ん、前の会社の先輩が独立して事務所を開いたって言うからそのお祝いに。」 「まだ諦めないで就職活動か?」 「うん、まぁ、来ないかって誘われてはいるんだけど、どんな所か見てからにしようかと思って。」 比古もクロワッサンを手にしてバターを塗りつけながら、ニヤニヤと笑って受け答えをしている。 「どうせまた友達を一人なくすだけだぜ?」 「そんなんじゃないよ。」 「フン。どうだかな・・・出来れば俺もそう願いたいもんだ。じゃ、お前が短気を起こさないで居られるかどうかの結果を待っててやろう。」 「まだ居座るつもりなのか・・・・」 「ああん? お前、迷惑そうだな?」 「迷惑かどうかは親父が一番よく知ってると思うけど?」 「ハハハ・・・じゃぁ、今夜も居てやるよ。オイ、合い鍵を寄こせ。」 「何でそうなるんだよ、まったく・・・じゃぁ、左之もバイトがあるし、今夜の夕飯は適当に済ませててくれよな。」 剣心は平然として話しているが 横で二人を見る左之助は 何時比古があのサラダに気づくのかと思うと気が気ではなかった。 俺、やっぱり同罪になるんだよなぁ・・・・? ひぇー、怖ぇーよー。 そう思うとなんだか食欲も湧かない。コーヒーをやたらと口へと運びながら、見るつもりはなくても比古をついつい見てしまうのだ。見事剣心の思惑に嵌った時には いったいどんなことが起こるのだろうと やばいと思いながらも目は釘付けになったままだ。その比古がついにフォークをレタスへと突き刺した。ご丁寧にヴァカモーレを目一杯つけている。 アア、うわぁー、まじぃ・・・・・ もう目を閉じんばかりだ。 だが、比古はレタスを口へと運ぶと旨そうにそのままモグモグと飲み込んだ。 ええっ? やっぱり、コイツってチョー変人か? あんなに辛かったのによぉ!? 「うわぁ!」 と思った矢先に声は違う方向から上がった。 見ると剣心が目を剥いてそのまま凍り付いている。半開きになった口の中にはレタスが見える。 「ん? どうした?剣心。今日のサラダは特に旨いじゃねぇか?」 比古がにこにこと剣心へと声を掛ける。 「親父ーーー・・・・・・」 顔を真っ赤にして剣心が恨めしそうに比古を睨み付けた。 「何だ? お前が作ったんだろ? ダメだぜ、野菜はちゃんと食わなきゃな。それとも毒でも混ぜてたか?」 比古の笑顔はしてやったりと頂点に達し、おまけに嫌みの念押しまで忘れない。 「まさか・・・・」 認めることも出来ず、剣心は恨めしげな視線を送るばかりだ。 「おらおら、ちゃんと残さず食えよ。教えたはずだぜ? 男は自分のやったことに責任を持つもんだとな。俺を出し抜こうなんざ、十年早ぇ。」 カカカカッと哄笑し、「旨い、旨い。」とこれ見よがしに自分のサラダにヴァカモーレをたっぷりとつけて 大きな口を開けてむしゃぶりついている。そして剣心がサラダを食べるかどうかニヤニヤ笑いながら検証しているのだ。 比古の視線を感じ、やけくそになった剣心はフォークにレタスやトマトを思い切り突き刺して、なるべくディップを避けながら一気に口の中へと放り込んだ。そして俯いて辛さをじっと耐えている。が、額には汗が浮かび、目には涙がじんわりと浮かんでいる。きっと口の中ではポップコーンが跳ねるよりも激しく爆裂していることだろう。 だから言ったじゃねぇか・・・・ それを見る左之助は気の毒だと思いながらも 剣心で良かったと密かに胸を撫で下ろし 急に湧いた食欲にがぶりとクロワッサンにかじりついた。 〈 NEXT 〉 〈 BACK 〉 |