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降り積もって凍った雪が歩道の隅で固まっている。雪はいったん降り止んだが、空は今にも泣き出しそうだ。容赦なく吹きすさぶ北風に吹かれて レンタルショップのバイトが引けての帰り道を 歩道の雪を避けて辿っていた。
あれから2日、左之助の心は凍てついたままだった。
キャンパスでは小西や藤田に飲みに行こうと誘われたが そんな気にもなれなかった。
コンビニから漏れる蛍光灯の青い光を横目で見ながら、冷たい部屋に帰ることを思ってブルッと身体を震わせた。どうせ今日も剣心は帰っていないだろう。もうこのまま帰らないような気もする。掛け違えたボタンはいったいどこから始まっていたのか考えながら歩いていた。前方には自分のマンションが見える。と、自分の部屋に明かりが点いていた。
剣心!!
逸る気持ちで駈けだしていた。エントランスに飛び込もうとした時に マンションの塀に沿って1台の車が止まっているのが目に入った。白いベンツだ。剣心が車に乗ってやって来たということは 荷物を引き上げに来たのだろうか。暗澹たる気持ちに捕らわれて、駈けていた足は止まり、また重い足取りで部屋へと向かった。

ただいまとも言わずに扉を開けた。部屋の奥では剣心が旅行鞄を脇に寄せて、荷物の整理をしていた。ちらっと顔を上げて左之助を見たが、おかえりとも言わずにまた手を動かし始めた。のしかかるような重い空気が部屋の中に漂い、左之助はキッチンに立ち、じっと剣心の手元を見ていた。
この部屋に来た時に鞄から取り出した荷物を フィルムを巻き戻すように全く逆の手順で鞄の中に積めてゆく。その動作に堪らなくなって左之助が重い口を開いた。
「何処に行ってたんだよ。今まで。」
「お前の邪魔にならないように消えていた。」
「違う!!あれは・・・・」
ぞっとするような剣心の冷たい視線が左之助に後の言葉を飲み込ませた。背筋がスーッと寒くなり、心の中は凍てつきそうだ。立ちつくし握る拳に冷たい汗が滲む。明かりの下に浮かぶ剣心の青白い顔に 一昨日ホテルで見た剣心の姿が幾重にも重なって見える。噛みしめた奥歯がギリッと音を立て、小刻みに唇が戦慄く。
「出て行くのかよ!?」
「ああ、ここにいる理由が無くなった。」
やっと吐き出した言葉に剣心の返事は抑揚のない簡潔なものだった。凍り付きそうだった感情が 一気に頭の中を駆けめぐり、腹の底から怒りとも悲しみとも判らぬ思いが押し寄せ、頭に血が上るのが判った。
「そしてアイツの所に行くのかよ!!!」
「アイツ???」
「しらばっくれんなよ! 見たんだよ、俺は。ホテルで肩を抱かれてエレベーターに乗り込むところをな! 俺には手を出すなと言っておきながらあんなヤツと出来てたなんてな!」
「それがお前と何の関係がある?」
剣心の冷たい声が響く。握りしめた拳が震えた。どうしようもなく押し寄せる嫉妬が 左之助の心を蹂躙し、暴力的にした。あんなヤツに渡すぐらいなら、そう思うと剣心を滅茶滅茶にしてやりたかった。濁流に呑み込まれる堰のように 感情は一気に爆発した。
「行かせねぇ!絶対に行かせねぇ!!」
叫びながら剣心へと組み付き押し倒した。驚いて暴れる剣心の両腕を掴み、項に唇を這わせた。
「よせ! 左之助、やめろ!!」
「嫌だ! この手を離せばアイツの所へ行くんだろ!? そんなことさせるもんか!!」
剣心よりも身体の大きな左之助にのしかかられて腕の自由を奪われれば どうすることも出来ず、剣心は藻掻くばかりだった。左之助の唇は性急に剣心の肌を這い回った。そして、剣心の両腕をひとまとめに左手で持ち、空いた右手でセーターもシャツも纏めて引き上げる。露わになった剣心の胸へと再び顔を落とした。
「離せ!!左之助!!」
「さぞかし俺は滑稽だったんだろ!? あんなヤツが居るくせに そんなことも知らないでお前に逆上せていかれちまってる俺を 馬鹿なヤツだと笑ってたんだろ!!」
喚きながら左之助が剣心の乳首に歯を立てた。
「痛ぅ!!・・・・」
苦痛を訴える声が聞こえたが、最早そんなことも構う気持ちはなかった。心の中に吹き荒れる嵐のままに 左之助は怒りに身を任せていた。必死に抵抗していた剣心の動きが急に静かになった。それは諦めにも似たように見えた。それと見て取ると左之助はズボンに手を掛け顔を腹へと滑らせた。体制を変えようとする左之助の行為に 剣心と左之助の身体の間にわずかばかりの隙間が出来た。その一瞬だった。突然に剣心の膝が左之助の顎へと飛んできた。衝撃に握っていた剣心の腕を放し左之助が仰け反る。そこへ素早く身を起こし、自由になった手で左之助の鳩尾へと剣心の拳が飛んできた。
「くっ・・・うぅ・・・」
腹を押さえて蹲る左之助を尻目に立ち上がり、手早く身繕いをした。
「お前は何にも解っちゃいないんだな! 俺がここを出て行こうと思った理由も・・・・・」
衣擦れの音に剣心の声が重なる。腹を押さえながら片目を上げて剣心を見た。青白く見える顔は冴え冴えとした冷たい光を眼に宿して左之助を見つめている。声を出そうとしても喉が掠れて何も言えなかった。
「頭を冷やして考え直せ!!」
そう言い残して剣心の足音は玄関の方へと消えていった。止める手だての言葉も言えず、左之助はただ剣心が部屋を出て行くのをじっと聞いているだけだった。ドアのノブを回す音が聞こえ、扉は押し開かれた。重く扉の閉まる音が永遠の別れを告げるかのように感じられ、鉄の軋む音が左之助の心に突き刺さった。


マンションの外は真っ白な銀世界だった。いつの間にかまた降り出した雪が すべての物を白く包み込んでいる。剣心はエントランスの庇の下に立ち止まり、顔を上げて落ちてくる雪を見つめていた。
「バカだな、アイツ・・・・」
誰にともなく呟いて苦い笑いを浮かべた。
舞い落ちる雪が吐く息を白く凍らせ、薄い笑いも呟く声も夜の闇の中へと消し去った。
「だけど・・もっとバカなのは俺の方か・・・・・」
再び呟いた声は 白い雪に包まれてしんしんと降り積もる雪とともに静かに地面に落ちていった。


気分は最悪だった。
嫉妬に狂って剣心へとあんな事をするなんて。自己嫌悪と後悔が左之助の胸を鬱いだ。
今度こそ何もかも終わりだ。自分がやった事を思い起こせば許されるはずもない。
もう何も考えたくはなかった。目を開けていれば浅ましい自分の姿に 剣心の冷たい顔と声が響く。何もかもが辛くて 何もかもが空しい。すべてを忘れてしまいたかった。
のろのろと身体を起こすとキッチンへと行き、棚の中からウイスキーを取りだした。栓を開け、そのまま瓶ごと口を付けて一気に煽った。舌を刺す苦い液体が左之助の喉を熱く焼き、胃の中へと染み通る。ウイスキーの熱さがすべてを焼き尽くすかのように思え、また更に煽った。床が揺れ、世界が回った。そして次第に意識は遠くなった。



「痛ぇな!」
あのままいつの間にか眠ってしまったのだろう。頭に衝撃を受けて顔を上げると ベッドにうつぶせに凭れて寝ていたようだ。その横には剣心が立っている。どうやら回し蹴りを食らわされたようだ。眉を上げ、上から左之助を見下ろしていた。
なんで、剣心がここに?? さっきのことは悪い夢だったんだろうか?? 目覚めたばかりの頭は 事の事態を把握しきれていない。
「何で追っかけてこないんだ??」
「へっ???」
何を言っているのか解らない。唇を少々尖らせて、むくれたような顔をしている。
「口説きたいヤツが追いかけると相場は決まってるだろう!」
「だって、お前・・・・・俺、お前にあんな事しちまったし、お前すんげぇ怒ってるだろう?」
「当たり前だ!!口説きもしないで突然あんなコトされたら誰だって怒るだろう!」
「じゃぁ、口説けば良かったのかよ?」
「ヤだ!!」
「ホラ見ろ! それにお前、車で来てたじゃねぇかよ! 車にどうやって追いつけって言うんだよ!」
「車はこの雪でバッテリーの調子が悪くてエンジンが掛からないんだよ! クソッ!ポンコツ目!」
見れば剣心の肩が濡れている。窓に目をやるとずっと雪は降り続いているようだ。あれから2時間、ずっと剣心は外に立っていたのだろうか・・・? 時計は12時を指していた。
「俺・・・・滅茶滅茶嫉妬したんだ・・・・お前のこと誰にも渡したくないって思っちまって・・・・」
「自分のことは棚に上げてか?」
ぼそぼそと話し出す左之助に剣心が片方の眉を持ち上げてじろっと睨んだ。
「違う! あれは梓が急に・・・・イヤ、俺にも下心はあったかもしんねぇ・・・でも、お前と出会ってからは誰も抱いちゃいねぇぜ。何故かそんな気に全然ならなかったんだ・・・・・いつもお前のことばっかり考えてた。自分でも可笑しいぐらいに・・・」
「だったら何故? 連絡も寄越さないで・・・・」
「1度電話したさ。でも通じなかったし・・・あんなとこ見られちまってお前にどう言っていいのか判んなくてよ。毎日お前が早く帰ってきてくれることだけを願ってずっと待ってたんだ・・・・」
聞いていた剣心は一度瞼を閉じて何かを思案するような様子を見せ、再び開くと小さな溜息を吐き、しょうがないといった表情で口元に笑みを浮かべた。 
「バカだな、お前・・・・」
「ああ。自分でもそう思うよ。バカが付くくらいにお前のことが好きなんだ。」
その途端に剣心の身体がふわりと左之助の胸へと倒れ込んだ。突然に降ってきた身体を驚いて抱き留め、そして背中に腕を回してしっかりと抱き締めた。手に触れた剣心の髪が凍えるように冷たかった。
「やっと言ってくれた・・・・」
左之助の胸に頬をすり寄せ剣心が小さな声で呟いた。
「俺、滅茶苦茶お前のことが好きだ! だからもう何処へも行くな!」
「もう言い寄られても靡かないか?」
柔らかな蒼みがかった瞳を見開いて 左之助の胸の中で甘えたように見上げる。
「ああ、約束する。お前だけだ。絶対誰にも靡かない! だから・・・お前ももうアイツとは会わないでくれよ。」
「そりゃ無理だ。」
即座に返事をする剣心は 左之助の腕の中でいたずらっ子のような笑顔を見せている。
「何で!?」
ムッとする左之助の首に腕を回し、ニコニコと笑いながら左之助の目を見つめてくる。
「アイツ、なんだかんだ言っても俺のこと溺愛してるからなぁ。そう無下にも出来ないよ。世話にもなってるし・・・」
笑いながら平然と言ってのける剣心に 確かに剣心を抱き締めているのに やはり心は遠くに有るのだろうかと左之助はまた暗い気持ちに押し包まれる。
「やっぱりアイツがいいのかよ?」
落胆したような左之助の声にとうとう剣心が声を上げて笑い出した。その笑いの意味が分からず左之助は戸惑い、きょとんとするばかりだ。
「だって、親子の縁はそう簡単に切れないだろ?」
「へっ? 親子ぉ???? だって、アイツ、無茶苦茶若く見えたぜ?」
「アハハハ・・・・俺には養父が居るって言ったろ? アイツは俺のお袋の弟。それにアイツ、42だぜ?」
「へっ?? お前んち、若作りの家系かよ?」
「さぁ、どうだろうな。」
まったく自分一人の取り越し苦労だった。腕の中でクスクス笑う剣心をぎゅっと抱き締めた。力一杯抱き締めた。燻っていた心の澱が一度に氷解し、春のような暖かい風に包まれた。剣心の肩に顔を埋めて胸一杯に空気を吸い込んでみる。甘い柔らかな香りに包まれて剣心への愛しさが募る。頬を寄せた剣心の肌が冷たかった。その肌の冷たさに反比例して左之助の心は温もりに包まれてゆく。剣心もまた、自分を想って冷たい雪の中に立ちつくしていたのだろうと思うと 泣きたい程の幸せが左之助の胸の中に溢れ出す。
「好きだ、剣心・・・だから・・ずっと俺の側に居ろよ・・・」
「・・ん・・・・」 
冷たい頬を辿って剣心の唇に口づける。冷えた柔らかな感触が緩やかに開かれ 左之助の唇をもっととねだる。自分の唇で剣心の唇を押し包むようにして舌を忍ばせ深く深く口づけた。重なる唇の間から零す吐息すら惜しくて 夢中で剣心を抱き締め口づけた。
何度も飽くことなく口づけを交わし、剣心を抱き上げてベッドへと横たわらせる。その横に自分も滑り込み、剣心の目に掛かる髪をそっと指で掻き上げ、額にキスをする。柔らかな髪がこぼれ落ちて左之助の指を擽り、瞳を見交わせてくすっと笑い合った。お互いを見つめる瞳の中に互いの笑顔を見いだして その笑顔が嬉しくてまた微笑んだ。唇で瞼に触れ、剣心の長い睫毛を舌で優しく弄ぶ。左之助の唇の中でかすかに震え、夜の序曲へと誘い始める。背中に回した剣心の腕が伸びてきて 動く左之助の頭を柔らかく包み込んだ。鼻梁を辿り、剣心の唇に唇を重ねる。絡みつく舌が頭の芯を痺れさせ、陶然とした世界へと誘い込んで行く。
「・・・んっ・・・・」
左之助が耳へと吹きかけた吐息に剣心の背がぴくりと撥ねた。
甘く耳朶を噛み、舌先で耳の裏を刺激する。絶え間なく耳元へと漏らされる左之助の吐息に喘ぎながら 剣心が小さな声で囁いた。
「左之・・・・初めてなんだから優しくしろよ・・・・」
「ああ、わかっ・・・・えっ???」
驚いて剣心の顔を見た。剣心はくすんと小さく頷いた。
「初めてって、お前???」
「そう、男とやるのはまったく初めて。」
「だって、お前、あの朝、痛い痛いって・・・・」
「ああ。アレは滅茶苦茶痛かったぜ。」
すました顔で剣心が言う。左之助の頭の中にはクエスチョンマークが一杯だ。
「お前、本当に何も思い出さないんだなぁ・・・」
「いったいどういう事なんだよ? 何度も思い出そうとしたがまったく記憶が抜け落ちてんだよ。」
「居酒屋で会って、意気投合してそれからはしごをしてこの部屋にもつれ込んだろう?」
「ああ、そこまでは何となく俺も覚えてる・・・・」
「酔ったお前が俺に抱きついてきて二人してベッドの中にもつれ込んだんだ。俺もかなり酔ってたし、お前のまさぐる手があまりにも気持ちよかったから、つい何となくそんな気になったんだよ。」
「じゃぁ、やっぱり犯ったんじゃないのか?」
「途中まではな・・・・お前、服を全部脱いで、んで、俺も脱がして、だんだんいいところになってきたら 寝ちゃったんだよ。」
「えっ? じゃぁ、俺、何もしてねぇの? じゃぁ、何で痛がってたんだよ?」
「だけどお前、俺の中に指をつっこんで酔った勢いで無茶苦茶掻き回したんだぜ。俺も酔って神経が麻痺してたから そんときはそれほどでもなかったけど 朝になって目が覚めたらめちゃめちゃ痛いんだよ。んで、最悪なことに俺が痛いって言ったら、ごめんって言って動きが止まったから、加減してくれてんだなぁって思ったら、お前は指入れたまま寝ちゃうし・・・・だから思い出したらすんげぇムカついた。」
「でも、お前、俺のこと、覚えてないって・・・」
「目が覚めた時は何にも思い出せなかったんだけど・・・寝ぼけてたし、あの状況に驚いたし・・・でも、シャワーを浴びてたらだんだんと思いだしたんだよ。だから、殴って悪かったって謝ったじゃないか? お前だけ綺麗さっぱり忘れてるみたいだし、俺の事散々口説いておきながらって思うとちょっとムカついたから、からかってやれと思ってさ。お前、行きずりでやった女が処女だったみたいな顔をしてたろ? だから可笑しくってな・・・」
「はぁ?・・・・・・」
しゃあしゃあとして言う剣心に一度に気が抜けた。道理でいくら思い出そうとしても 記憶が闇の中だった理由だ。その時、ふとある事が左之助の頭を掠めた。もしや・・・
「お前、あんなに酔っぱらっちまっててもそれだけ覚えてるってぇコトは もしかするとあんときのコトもタヌキを決め込んでたんじゃねぇだろうな?」
「えっ? 何のコト?」
剣心の顔がにやにやと笑っている。
「とぼけてんじゃねぇよ! お前がゲロ吐いちまった夜のコトだよ!」
「アハハ・・アレは俺もちょいと飲み過ぎだったなぁ。まさか途中で気分が悪くなるとは思わなかったもんなぁ。お前、俺の腹に乗っかるからだよ。」
「じゃぁ、全部判ってて・・・・?」
「当たり前だ!」
何が偉いのか剣心はふんぞり返って返事をする。
「しらふで男に言い寄るなんて・・・んな恥ずかしい事が出来るかよ・・・」
左之助の腕の中で頬を染めて そっぽを向く剣心がいじらしいと思ってしまうのだから 左之助も相当おめでたい。
「だいたい身体いじくり回されてんのに意識がないわけ無いだろ? 俺はそれほど鈍感じゃないよ。」
「だったら! あの後眠っちまってたのもタヌキかよ?」
剣心の腕がすっと左之助の首に伸びてきて 笑いながら頭を押さえて自分の唇へと誘う。
「誤魔化すんじゃねぇよ!」
軽く唇に触れ、そして頭を持ち上げてもう一度剣心をじっと見つめた。
「いいじゃないかよ、もう、済んでしまったコトは・・・細かいコトをくよくよ考えるなよ。」
「良くない! お前ぇー! 俺があの後どれだけ大変だったか・・・」
「お前、優しかったもんな・・・・これでもお前に感謝してんだよ。」
「それが感謝してるって態度かよ!」
左之助にすれば文句タラタラだ。お陰で風邪は引くし、梓には押しかけられるし。だいたい元はと言えば この喧嘩の始まりも裸で洗濯をしたために風邪を引いたからな理由で。
「あんな醜態さらてしまって 恥ずかしくって起きてられるかよ。」
「その割にはお前次の日の朝、俺を殴ってくれたよなぁ?」
剣心を見つめて左之助がにやりと笑う。しかし、まったく意にも介せずけろりとした調子で剣心が言った。
「お前、からかうと面白いもんなぁ。お陰で退屈知らずだ。」
「お前ーーーー!!もう許さねぇ! 今夜はオールナイトだ。明日の朝、ケツを押さえながら仕事に行きやがれ!」
「ん? 俺、明日休みだけど?」
「はん? 何でだよ? 明日は平日じゃねぇかよ?」
「出張先で所長が迫ってくるからぶっ飛ばしたら気絶しやがんの。ちょっとやりすぎたかなぁと思って 一応心配してタオルで頭を冷やしてやったんだけど 目が覚めたらクビだー!って叫びやがんの。まぁったく、どっちが悪いと思ってるんだか・・・」
「またかよ・・・・」
もう左之助は言葉もなく呆れるばかりだ。出るのは深い溜息だけだった。
「んで、マンションに帰ってたら親父に捕まっちまってさぁ。たまには旨いもんを食わせてやるから一緒について来いって言うんだよ。何かおかしいなぁと思ってカマを掛けたら お前みたいなヤツは永久就職しろって見合いに引っ張り出された。行く、行かないで揉めてた時だよ。お前が見たのは。」
「見合いぃー!? お前、見合いしたのかよ・・・・?」
まったく剣心には次々と驚かされる。俺の心臓保つだろうかと 左之助は胸に手を当ててみる。
「何かその仲人ってのが 親父の世話になった人らしくってさぁ、断ってもいいから会うだけ会えって。相手は何処かの社長の娘らしくて いくら何でも社長の娘の婿に誰も言い寄らないだろうと親父も考えたみたいなんだなぁ。アイツ、馬鹿力だろ? 無理矢理エレベーターに押し込まれてさぁ。参ったよ。」
「んで、会ったのかよぉ?」
「ああ、一応な。その相手がツンと澄ました さも社長令嬢でございって態度でさぁ、何かムカついたから 蛙と蛇が好きで毎日食べてますって言ってやったら すんげぇ嫌な顔してた。」
思い出して剣心がクスクス笑っている。この可愛い顔で蛇や蛙をバリバリ食ってるところを想像すると 誰だってげんなりするぜと 左之助は心の中で呟く。
「じゃぁ、見合いはおじゃんになっちまったのか?」
「ああ。親父も怒っちまって 今度こそ俺の仕事を手伝えって。嫌だからまた逃げ出してきたのさ。」
「お前、親父のところで働けよ。でなきゃ、お前が酔うと俺、心配! もし、他のヤツにコロッといっちまったらと思うと・・・・」
こうも数多く言い寄られるとなると おちおちバイトにも行けやしないと 自分もまた女に掛けては同類だという事を忘れて左之助は気が気ではない。それに、今回は俺だから良かったようなものの 酔っぱらって口説かれでもしたらと自分の事は棚に上げて心配する。
「やだよ。いくら酔っぱらっちまっててもやる理由ないだろう? これでも28年間、操は守り通してきたんだぜ?」
「だけど、出会ったばっかの俺とやろうとしたんだろ?」
「バカか? お前・・・・好きでもないヤツと何でやろうと思うんだよ?」
「えっ? それじゃぁ・・・・」
左之助の顔が華やいだ瞬間に 剣心の唇で塞がれた。甘く味わいながら、漏れる吐息の合間に剣心が囁く。
「余計なことは考えないで・・・やろう、左之・・・・」
「今日は飲んでないだろうな?」
剣心の口の周りに鼻を近づけて くんくんと臭いを嗅ぐ。
「飲んでるのはお前だろう? 俺はあんな事はご免だからな。先にトイレに行って吐いておくか?」
「このヤロー!もう許さねぇ。」
そう言うと、剣心を押さえつけて身体を擽りだした。キャッキャと笑う剣心を見つめて この先も俺はこの小悪魔のような男に翻弄され続けるのだろうかと 左之助は小さな溜息を吐く。でも、すぐに思い返して 惚れた弱みでそれも悪くはないと思う。
左之助はもう一度剣心にキスをした。
最高の愛を込めて・・・・

                                  了   2003.12
  
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「ウェー・・・剣心・・・俺、気持ち悪い・・・・吐きそぅ・・・・・」
「だから先にトイレに行けって言ったろぅ!!」