【 こんなにも 】
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左の肩が重い。
痺れるようなだるい痛みに左之助は目が覚めた。
薄く開いた目に見慣れた部屋の景色が映る。
窓から差し込む光に視線を移せば まだ覚めきらない瞳に きらめく紅い髪と 綺麗な顔立ちが飛び込んできた。すなわち、見知らぬ女が左之助の左腕を占有して眠っていた。

ん?? 誰だ?コイツ・・・俺、確か昨日コンパで・・・・酔いつぶれた後、誰かと騒いでいたような・・・ やべぇ・・・知らねぇ女を引っ張り込んじまったか・・・

寝ぼけた頭でそこまで思い出すと 女の頭から腕を抜きに掛かった。
まったく左之助の視線など感じずによく眠っているようだ。起こさぬように配慮をしたつもりだったが、枕を抜き取られる感触にどうやら目が覚めたようだ。うっすらと目を開け、ぼーっと左之助を見つめる。そしてまた目を閉じて眠りに落ちようとした。
が!! 突然に今度はしっかりと目を開け、左之助の顔をまじまじと見つめ、そして叫んだ。
「誰だ!お前??」
「誰だはねぇだろ? 俺の腕を枕にしていたくせに。」
そう言い返す左之助も誰だかまだ思い出せないでいる。
女はがばっと布団から跳ね起きた。冷たい冬の冷気が肌を刺し、自分が素っ裸で寝ているのを知った。その途端に左之助に殴りかかるのと 起きた女の身体を見て左之助が目を丸くするのと同時だった。
左の頬に衝撃が走った。だが、痛みよりも驚きの方が勝ってただ呆然と相手を見つめた。
男だ!!!
「痛ぇ!」
声を上げたのは殴られた左之助ではなく、殴った女、いや、女と見える男の方だった。
身体を折り曲げて布団に突っ伏して尻を押さえている。
半分布団に顔を埋めながら 
「お前、俺に何をした? 痛いんだよ!」
横目で左之助を睨みつける。
「何をしたって聞かれても、俺もよく覚えてねぇし・・・・」
しどろもどろに答えながら 自分がナニかをしたことは確からしいとまだ二日酔いの残るはっきりしない頭でぼうっと考える。
「おまえー。ホモかよ? んなこと俺にしやがって・・・・この変態!」
女と見紛う程の綺麗な顔立ちとは逆に 口から出る言葉は紛れもない男の言葉だ。
「んだとー! そんな趣味はさらさらねぇよ! こう見えても女に不自由したことはねぇんだよ。その俺が何で男相手に!」
とは言ってはみても したらしい・・・・
悪態をついていた相手も自分の今の姿にどうやら思い至ったらしい。もぞもぞとそのまま布団の中に潜り込んだ。身体を折り曲げるようにして丸くなりながら まだ目は左之助を睨んでいる。
ようやく起き出した頭が どうしてこうも一方的に殴られたり、悪態をつかれなきゃならねぇんだ?と左之助に疑問を投げかけた。
「酔っぱらっちまってて俺も覚えてねぇけど、だいたいやったんならお前も同罪だろうが。
人をホモ扱いしやがって。そう言うお前はどうなんだよ? いつも男を誘ってるんじゃねぇのかよ?」
この顔じゃ無理もねぇかと残りのセリフを心の中で思ったときには もう一度頬にパンチを食らっていた。
「見損なうな! 男相手に寝たことなんて一度もないんだよ! それを・・・いてて・・・」
勢いのいい言葉は途中までで 痛みに顔をしかめてそのまままた布団の中に潜り込んだ。
二度も殴られてムカついたが、痛がっている相手を布団から引きずり出してまで殴り返す気にはならなかった。
どうやらショックを受けているのは自分だけではなさそうだ。とりわけ動く度に ナニかをしたと思い知らされる相手の方が ショックは大きいようで・・・・
そう思うと怒りも自然と静まり、可笑しささえ込み上げてくる。頬のゆるんだ左之助の顔を 布団の中からきっと睨み付けて
「何がおかしいんだ!?」
尖った声が投げかけられてきた。
「まぁ、そうカリカリすんなよ。済んじまったことは仕方がねぇじゃねぇか。それより腹が減ったから何か作るわ。」
ベッドから気軽に身を起こして 足下に散らばった下着を掻き集める。背中に感じる視線に慌ててボクサーパンツを履いた。
別に男同士なんだから恥ずかしがる道理もないが 犯ってしまったことが妙に心に引っかかり、気恥ずかしさを感じさせる。拾い上げたTシャツに袖を通していると 後ろからぼそっと声が掛かった。
「あの・・シャワー使っていいか?」
振り向いた左之助の目に 幾分頬を赤らめた表情が映る。まったく覚えていないところを見ると どうやらコトの後は そのまま二人して眠りこけていたんだろう。気持ち悪さにシャワーを使いたいんだろうとすぐに察してバスルームの扉を指さした。
「あっちが風呂場。タオルは置いてあるのを勝手に使えよ。」
「ん、サンキュー。」
小さい声で礼を言う言い方が妙に可愛らしいと 不覚にも左之助は相手の顔をまじまじと見つめてしまった。
緋色の長い髪が透けるような白い肌に掛かり、少し青みがかった大きな瞳が綺麗に線を描く二重に縁取られている。すっきりとした鼻筋にサクランボのような紅い唇がちょこんとついていて、本当に男にしておくのは勿体ないと あらためて思った。
「何だよ?」
じっと見つめる左之助に不審を覚えて 目が険を含んで訴える。
「あ、いや、べつに・・・」
慌てて顔を背けながら 何で俺、こんなにドギマギしてんだよと心の中で自分の事を叱りとばしながら キッチンへと向かった。


トーストを焼き、コーヒーを煎れて、目玉焼きが焼き上がった頃に バスルームからその男は出てきた。まだ濡れたままの髪から落ちる滴をタオルで掬い取りながら シャツを羽織っただけの姿は 白い足がすっと伸びていて妙に艶めかしい。ただし、男物のパンツを除けば、の話だが・・・・
極力その足を見ないようにして左之助はダイニングテーブルに付くように促した。
「お前も腹、減ってるだろ? 食えよ。」
「ん・・・・」
俯き加減に返事をすると コーヒーカップに手を伸ばし、口元へと運んだ。何気ない動作なのに なんだかその姿がやけに可愛くみえる。
「なぁ、今更聞くのもなんだけどよ、名前なんて言うんだ? 昨夜聞いたかもしんねぇけど、覚えてねぇんだ。」
「剣心。緋村剣心。お前は? 俺も覚えてないみたいだ・・・・」
そう言って剣心もちょっと唇の端を持ち上げて笑った。
「左之助。相楽左之助ってんだ。あらためてよろしくな。」
何をよろしくするんだと自分でツッコミながら 一応常識的に挨拶をした。
「左之助。」
口の中で軽く反芻をして、それから伏し目がちに左之助を見上げる。
「左之助、その・・さっきは悪かったよ。殴ったりして・・・・」
えらく素直で可愛いじゃねぇかと目を瞬きさせて剣心を見た。
「いや、かまわねぇよ。別に気にしちゃいねぇし。それに誰だってあんな状況なら 驚いて気が動転しちまう。もう尻は痛まねぇか?」
最後の言葉は余計だったらしい。気遣ったつもりがまた睨まれた。
どうもかなり気の強いヤツらしい。黙って素直にしてりゃその綺麗な顔に似合って可愛いのに、睨み返す目には ぞくっと来るような冷たいものが含まれている。顔と性格が合ってねぇじゃねぇか・・・・・妙なヤツだな。そう思いながらトーストにかじりついた。
「んで、剣心、お前何回生だよ? まさか高校生って事はねぇよなぁ?」
高校生だったらマジにやばいよなぁ、犯罪になるのかならねぇのか知んないけど、俺の理性が疑われるぜ・・・・・幼く見える剣心の顔を見ながら 現実に目覚めた頭の中で思い巡らせていた。
「はぁ?」
素っ頓狂な声を上げて剣心が笑い出した。
「お前、俺がいったい いくつだと思ってんの?」
「なんだ? 大学生じゃねぇのか? まさか、中・・学生??」
だったら悪夢だ。冷たい鉄格子が目の前にちらつくようで気分が悪くなる。沈んだ左之助の表情を裏切って 一層大きな声で剣心が笑いだした。
「バカか? お前。こんなひねくれた中学生が何処の世界にいるってんだ? 一昨日までは一応社会人をしていたさ。」
社会人と聞いて左之助の顔は急に明るいものに変わった。
「何だ。じゃぁ俺より年上か? 22,3ってとこか?」
「28だぜ、俺。」
「んがぁ?」
顎が外れるんじゃないかというぐらいに左之助の口はあんぐりと開かれ、それを見ながら笑いすぎて浮かべた涙を剣心は拭っていた。
「もうすぐ三十路の男を掴まえて中学生はないだろう? ああ、可笑しい・・・・」
まだ腹を抱えて笑っている。
赤毛のロングヘアーに小作りの顔、小柄で華奢な身体に白い肌、どう見たって28歳には見えやしない。詐欺だぜ、こりゃぁ・・・・複雑な気持ちで 笑う剣心を 左之助は眺めていた。
「で、一昨日までって会社辞めちまったのか?」
「ああ、正確に言うとクビになった。ついでに昨日から宿無しだ。」
「お前、何かしたのかよ?」
使い込みか何かか? 今度はあっちが犯罪者かよ? とんでもないものを拾っちまったようだ・・・・また左之助の表情は暗くなった。
「人聞きの悪いことを言うな! 何かしたのはあっちの方だぜ。まったく頭にくる。」
何かを思い出したらしく剣心の口がへの字に曲がった。
「いったいどうしたんだよ? 聞いたってどうにもなんねぇかもしんねぇけど その理由とやらを言ってみろよ。」
「うん? ああ、そうだな。このままじゃお前に疑われたままだろうな。じゃぁ。」
そう言って剣心は 昨日までのことを話し出した。


剣心には親は居ないが、幼い頃から引き取って育ててくれている養父、比古清十郎が居る。焼き物で生計を立てているその人は 結構売れている作家で家は裕福だった。だが、変人で気難しく、辺鄙な山の中に炭焼き小屋よりは少々マシな家を建てて 大概はそっちに籠もっている。他に作品を売るためにオフィスも構えていて、街に出てきた時のためにマンションも所有していた。そのマンションに剣心は住んでいた。
仕事を辞めたことの報告に 昨日は久しぶりにその比古の山小屋へと行った。
比古は訪ねていっても笑顔一つ見せるでもなく、いつもと変わりなく何しに来た? という態度で窯の火を見つめていた。その背中に向かって剣心もいつもと同じ調子で淡々と話し出した。
「仕事を辞めました。」
「またか・・・今度は誰だ?」
「奥さんと社長の両方です。」
そこで比古はふぅーと溜息をつき、初めて剣心の方へと顔を見せた。
「いったい何度仕事を変われば気が済むんだ? その度に得意先やら友人を減らしやがって。」
「そんなことを言っても今度は大丈夫だと言ったのはあなたじゃないですか。」
「まさかあいつにそんな趣味があろうなんて思いもしなかったんだよ。昔から剣術バカで硬派で通っていたからな。」
「それはずいぶん昔の話でしょう? 今じゃ知る人ぞ知る そっちの方面では有名らしいですよ?」
「まさか・・・・」
「それが証拠にホテルに誘われました。相手をしてもらえない奥さんは ホストクラブ通いだそうです。友人の息子に手を出そうとするなんて最低です。友達は考えて作られた方がいいですね。」
剣心の言葉に 憎々しげにチッと舌打ちをして比古がギロっと睨んだ。それにはかまわず剣心は話を続ける。

昨日まで剣心は比古の紹介で比古の友人が持つ画廊に勤めていた。
「夕刻いつものようにオフィスに残って片づけやら売り上げの集計やらをしていました。そこに珍しく奥さんが来られたんです。いつもよりは派手目の格好で何処かに出かけるつもりらしく、その途中に立ち寄ったと言うことでした。『社長はまだ戻りません。』と言うと『別に用事はないからかまわない。』と仰るんですが、その割にぐずぐずとオフィスに残って俺に話しかけるんです。しばらく相手をして聞いていたんですが、そのうちに俺の隣に来て髪やら背中を撫で始めました。それで席を立とうとしたら急に抱きつかれて・・・何とか逃げようとしていたら そこに社長が戻ってきて目撃されました。社長はすごい剣幕で奥さんに怒鳴り立てて オフィスを追い出してしまいましたから ああ、これで俺もクビだと思ったんです。そうしたら今度は社長に抱きつかれて ホテルに誘われました。」
「それでどうしたんだ?」
「2度も同じ目にあってムカついたので 鳩尾に拳をいれてタマを蹴り上げて逃げました。」
「で、めでたくクビになったわけか?」
「でしょうね。クビだと言われた訳じゃないですけど あんなところでもう働く気はしませんよ。ここへ来る前に辞表を送っておきました。」
比古はもう一度ふぅっと大きな溜息をついた。
「最初は広告代理店で得意先の社長だったな? 次が電気メーカーで上司だったか?」
「いいえ、その前に建設会社の専務があります。」
「もういい! いつもお前は・・・・」
「俺が悪い訳じゃありません。勝手に向こうが言い寄ってくるんですから。俺は自分の身を守っただけです。」
「いい年をして潔癖すぎるんだよ。女じゃあるまいし、ケツぐらい貸してやれよ。減るもんでもないだろ?」
「ヤですよ。馬鹿馬鹿しい!何で俺が!」
「お前自分の顔を鏡で見たこと有んのか?」
「鏡なら出かける前にいつも見てますよ! 寝癖ぐらいはちゃんと直してます。」
「そう言う意味じゃねぇよ。まったく・・・こんなヤツの何処が良くて言い寄るんだか・・・・」
「性格はあなた似です。筋金入りで仕込まれてますから。」
「んとに、かわいくねぇな・・・・・丁度いい。辞めたんなら俺の仕事を手伝え。」
「はぁ? どうしてですか? あ、また逃げられたんですね?」
「うるさい! 大体最近の奴等は根性が無さすぎるんだ。ちょっと怒ったぐらいでぴぃぴぃ泣き出して辞めちまうんだから。」
そうは言っても 比古に合わせてうまくやれる人間がこの世に居るとも思えず、この気難し屋の機嫌をいつも気にして仕事を進めるのは 並大抵の苦労ではあるまい。桁外れに筋肉のついたでかい身体と 彫りの深い顔の底で 意地悪そうに光る目で威圧されると 誰だって肝が縮む。幼い頃から比古のそんな態度に慣れきった剣心ですら この気難し屋に閉口して 大学からこっちはマンションに暮らしていて ほとんど一人住まいの状態だ。
「悪いですけど手伝うつもりはありませんよ。俺、焼き物には興味ないし。」
「あん? お前いい根性してるな? それが世話になった親に向かって言う言葉かよ?」
「世話って言ったって世話したのはほとんど俺の方じゃないですか? その性格が災いしてお手伝いさんも居着かないから 食事の世話から家の片づけまで。」
「誰のお陰で大きくなったと思っていやがんだ? 俺のマンションに未だにのうのうと暮らしていやがるくせに。」
「だったらマンションを出て行きます。」
「おお、上等じゃねぇか。なら出て行け。金輪際お前の就職の世話もしねぇからな。」
「言われなくってもそのつもりです。今まで紹介でろくな所に当たりませんでしたから。」
「お前ー! 人の気も知らねぇで。出て行け!」
掴んでいた薪を剣心へとブンッと振り投げた。飛んできた薪を ひょいと頭を下げて難なくかわしながら
「じゃぁこれで・・・」
一礼すると怒っている比古をそのままに剣心はスタスタと山を下りていった。


「と言うわけで目出度く住所不定の無職になった。」
「はぁ・・・・?」
聞き終わった左之助は力の抜ける思いで返す言葉もなく、ぼんやりと剣心の綺麗な顔を眺めていた。
「お前・・・・よくよくついてねぇんだな・・・・」
「回りの奴等の方がおかしいのさ。人をいったいなんだと思っていやがるんだ!」
テーブルの上で腹立ち紛れに拳を握りしめながら剣心が言った。
「お前、今度就職するんなら整形した方が良くはねぇか? それともブクブク太るとか・・・」
半分本気で半分冗談交じりに左之助が気の毒そうに言った。
「あ、それ、親父にも言われた。何で整形なんかしなきゃなんないんだよ。バカらしい。」
そう言いながら、腹を立てた比古から 「せいぜいケツを大事にするこった。」と言われた捨てゼリフが甦る。
「そうします」と言いながら 舌の根も乾かぬその日に 何処の誰とも判らない相手に頂かれちゃったのである。思えば何とも情けない話と言えば話なのだが・・・・

「ん、じゃぁ、これからどうすんだよ? 仕事はナシ、住むところもねぇんじゃ・・・」
「ちょっとは貯金もあるから 次の職が決まるまではそれで食い繋ぐさ。取りあえずはアパートを探して、見つかるまではホテル暮らしだな。」
人ごとのようにあっけらかんと呑気に答える。
大丈夫なのかねぇ・・・・? 年上で、自分よりは遙かに世間ズレしている筈の剣心なのに たぶんにその容姿の所為か 何故だか世話を焼いてやらなきゃいけないような気になってしまう。
「仕方ねぇ、じゃぁ、アパートが見つかるまでここに居ろよ。」
左之助の義侠心がぐぐっと頭をもたげた。ところが剣心の返答は見事に左之助の予想を裏切ってくれた。
「ヤだ!」
「なんで!?」
ありがとうと泣きつかんばかりに感謝するだろうと思ったのに にべもなくイヤだと断る。
「だって、お前、俺のことを襲うだろう?」
「襲わねぇよ!!! さっきも言ったろう? 俺は男には興味はねぇって。」
「だけど、犯ったじゃないか・・・」
少々唇を尖らし気味にして不服そうに左之助を見つめる瞳は 先ほどまでよりは険を含んではいない。
犯ったと言われればそれは確かに事実なわけで・・・
「だからぁ! アレは酔っぱらっちまってて全然覚えてねぇからよぉ。何でそんな気になったのか俺にもよくわかんねぇんだよ。でも、しらふで居りゃぁ話は別だぜ。ぜ〜〜んぜんそんな趣味はねぇんだからよぉ!」
そこまで言ってから 何で俺、こんなに言い訳してんだ? 少々バカらしく思う。別にどうだっていいじゃねぇか、コイツが困ろうがどうしようが俺の知ったこっちゃねぇ。そうは思うのだが、何故か口が勝手に動き、剣心を引き留めようとしている。
そんな左之助の気も知らないで剣心は
「どうしようかなぁ〜」
等と その青みがかった瞳をくりくり動かし気楽に考えている。
「イヤだったらいいんだぜ、別に俺が困っているわけでもねぇんだから・・・」
「そうだな、ここにいれば何かと便利そうだし、じゃぁ、しばらく居ることにするよ。その代わり襲うなよ。」
「誰が!!」
さも居てやると言わんばかりの態度だ。
いったいどういう性格してんだ? 何か俺、とんでも無くえらいもんを拾っちまったような・・・・

左之助のその予感は当たっていたのである。
その後、存分に思い知ることになるとはその時はまだ思いもよらなかった。
「じゃぁ、話も決まったところでもう一眠りしてくる。何か昨日飲み過ぎたなぁ〜。」
そう言って伸びをし、まだ痛むのか腰を引きずり気味にして剣心はベッドへと向かった。
まったくお気楽なヤツ・・・・呆れる左之助に後ろから「ごっそさん。」と声が掛かり布団の中へと潜り込む音が聞こえた。


週末は何かと左之助は忙しい。学生だから社会人に比べれば普段の日もそれほど慌ただしくはないはずだが、ガソリンスタンドとビデオのレンタルショップのバイトを二つも掛け持ちをし、ゼミのレポートに友達とのつき合い、コンパの呼び出しなど時間はいくらあっても足りない程だ。だから洗濯や部屋の片づけ、買い物などいつも週末の空いた時間にこなすことにしている。片づけと言っても1LDKにロフトのついた程度の部屋ならばすぐに終わってしまうのだが。
元々左之助はそんなにマメな方ではない。が、一人暮らしを始めて掃除もしないでそのままにしていたら敷きっぱなしの布団の裏にキノコが生えてきて大いに驚いたことがあった。その上に自分が寝ていたのかと重うと気持ち悪くなり、キノコが生えてこないようにとベッドも買い、それからは週末だけは掃除をすることにした。だから、男の一人暮らしの割には適度に片づき、適度に散らかっている。もっとも邪魔なものは全部ロフトの上に放り投げてあるだけなのだが・・・

洗濯を終え、ベランダへ干しに行く時にベッドの横を通った。自分のベッドを占領している新しい住人は 安心しきった顔ですやすやと寝息を立てている。
本当にどういうヤツなんだか・・・・
今日何度目かの溜息を左之助は漏らした。

昼過ぎに起きてきた剣心はそのままダラダラとテレビを見、飽きたら左之助が借りてきたビデオを見てベッドの中で過ごしていた。近くのスーパーで買ってきた食料で左之助が夕飯を作り、食事をし、片づけも左之助がした。二人分の食器を洗いながら、今日の自分はいささかお人好しすぎると思う。普段の自分がこんなにコマメに世話を焼くはずがない。ンとに調子が狂う・・・・機嫌良く天使のようにけらけらと笑う剣心を見ていると 何故だか文句を言う気にもならず、たまにはまぁいいかと思ってしまう。洗い物を終えた左之助にベッドから
「ビール。」
と言う剣心の声が聞こえ、冷蔵庫から2本取りだし、1本を剣心の元へと放り投げる自分が居た。


寝る時になってはたと困ったことに気がついた。一人暮らしの左之助に余分な寝具などはなく、夏ならば床にそのままごろ寝でも問題はないだろうが、冬のこの時期では風邪を引きかねない。男二人で肩を寄せ合って眠るしかなさそうだ。
「明日だったら体も動くだろうから 布団ぐらいは取ってくるよ。」
思案に暮れる左之助に剣心は眉をちょっと持ち上げただけで 気にする風でもなくそのままベッドに横たわっている。仕方なく左之助もその横に潜り込んだ。
「襲うなよ。」
「誰が!!」
昼間のやりとりがまた繰り返される。
何で俺が男を襲わなきゃなんねぇんだよ。だいたいいくら酔っぱらっちまったからと言って 見境もなく男に抱きつくなんてよぉ。あ〜〜あ、この寒空に何が悲しくって男と二人こうやって枕を共にしなきゃなんねぇんだ・・・・・胸中には虚しさが広がり、ぶるると頭を振って出来るだけグラマーな女を思い浮かべようとした。
赤い唇、つんと尖ったバスト、白く伸びる足・・・・・その足が昼間見た剣心の足に重なり、白い肌が脳裏を掠める。羽織っただけのシャツの隙間から覗いていた桜色の乳首。細い首の下に華奢に広がる鎖骨の線・・・・あの首筋に唇を寄せたら・・・・
触れ合う肩が不意に動き、左之助は想像から現実に引き戻された。
何考えてんだ、俺!? 相手は男だぞ! バカらしいにも程がある。そう思っても いったん思い浮かべた妄想は 左之助の血液を急速に下半身へと集め出す。触れ合う肩から温もりが伝わり、密着した左半身が熱を持ち出し熱さを感じる。妄想が妄想を呼び、堪らなくなってくるりと剣心へと背中を向け、深い溜息をついた。男同士で交わした変な紳士協定を意地でも破るわけにはいかない。その左之助へと剣心が声を掛けた。
「あっ、言い忘れてたけど俺、剣道、居合い、合気道は段持ちだから、念のため。じゃぁ、おやすみ。」
なにぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ぃ!! それって・・・・・・・・・・
この悪魔めーーーーーーーー!!!!!!
明日からの先が思いやられ、左之助は悶々としながら眠れぬ夜を過ごした。隣では剣心の健やかな寝息が響いていた。


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