[ 1.2.4.5.6.7.8.9.10 ] 滔々と果てしない闇は続く。 終わりのない旅路は気をやつれさせてゆく。 見渡す限りの孤独に包まれ、疲労に苛まれ、剣心はいまだ闇の中を歩いていた。 いつからこの景色に変わったのか、荒れ果てた大地は消え、足下は霧で覆われている。 それは剣心が踏み出すごとに一角がふわりと崩れ、揺らめき、身体をくねらせて元の場所へと落ちてゆく。 深閑として音も立てずに繰り返される様だけが、目に映るわずかな変化だ。 空は依然として墨を流したように黒く、すべてを闇の中に包もうとしている。 それを霧が遮り、空と大地の境目を、薄ぼけた地平線に変えている。 歩いている場所が行く手を示す道なのか、あるいは深淵へと落ちてゆく沼なのか、白い霧がすべてを覆い、判然としない。 自分が進もうとしている方角さえもわからず、ただ疲れ切った身体をあてもなく前へ前へと進めている。 ―――この永遠の大地に終わりは来るのか。 ―――あるいは無限の時間を歩き続けるのか。 考える力さえ今はない。 自分という人間がどこから来て、どこへゆくのか・・・・ そしてどんな人生を辿ってきたのかさえも無の中に消え、ただ疲れた身体があるばかりだ。 時折過去を思い出そうとするが、揺蕩う霧のように記憶は儚く、浮かび上がりかけては喉の奥で消えてゆく。 一片の心の動きさえ持てず、知己の片鱗さえ思いだせず、すべてはこの漂う霧のように淡く儚い。 無限に続く静寂の中を歩き続けていた。 果てない闇を彷徨っていた。 ふとその静寂を破るかのように、微かな音が響いた。 音を頼りにその方へと振り返る。 しかし霧に隠され、夜の静寂は果てしなく広がっているだけだ。 だが、次に響いた音は更に高くなり、音は次第に近づいてきている。 シャラン、シャラン。 いくつかの金属の触れあう音が、次第に大きくなってゆく。そしてそれに続いて、読経の声が微かに伝わってきた。 やがて音の持ち主は姿を現し、遠い向こう、漂う霧の中に小さくおぼろげに浮かんでいた。 金属の触れあう音は雲水が持つ錫杖から発せられ、その歩に合わせて一定の間隔で刻まれている。後方には旅の行者を幾人か従え、みな歩調を合わせ、読響の声と共に静かに進んでゆく。 「もし! もし! 旅の御坊!」 剣心は声の限りに叫んだ。 何を問うつもりなのか、答えは心にはない。 ただ孤独と思われた大地に、人が存在していることが不思議だった。 「もし! もし!」 声は虚しく霧に吸い取られたかのように、静かに進む雲水に反応はない。 雲水に続く旅の行者達も足下を見つめて進むだけで、振り向くことはない。 「もし! 頼もう!」 剣心の声は空虚に響き、霧に包まれ消えていった。 そして、行者達も次第に霧に包まれ、元のように姿をかき消していった。 |
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