〈 第2章 〉               〈1.3.4.5.6.7.8.9.10.11


「あの雲は何処まで流れていくんだろうか・・・・・アイツの住む東京の空の下まで流れ着くのだろうか・・・・」
荒涼とした大地に這いつくばるように茂る雑草の緑の上に 何処までも広がる青い空。遙か遠方に見える山の頂を目指して白い雲が幾つかの固まりとなってたゆとうようにゆっくりと流れていく。
真っ直ぐな意思を顕すかのようにきりりと描かれた二重の中の黒い瞳が 大自然の青を映し出している。内陸へと商用で旅をし、しばしの休息に柔らかな草の上に腰を落としてもう一時間も空を眺めている左之助の唇から ぼそりと独り言が漏らされた。

広がる空に はるか昔に別れた恋人の面影が微かに浮かぶ。
あの日、何でもないように漏らされた一言が昨日のことのように耳の中にこだまする。
「左之・・・薫殿を抱いたよ。」
左之助の長屋で薄い煎餅布団にくるまりながら いつものように肌を重ねた後に漏らされた一言だった。
あまりに何でもないことのように告げた剣心に それがどういう事を意味するのか
とっさに判断も付かないままに
「おっ、良かったじゃねぇか。そりゃ、嬢ちゃんも喜んだろう。」
と答えていた。
いつかはこんな日が来ることを二人は胸の内で暗黙に了解していたはずだった。左之助の想いに応えてくれた剣心の気持ちがあれば それで充分だと思っていた。
どうせ長くは続かない・・・そう思いながらも幸せなひとときが一分でも一秒でも長く続くことを願っていた。
別れの予感は既にあった。この町を出て行く準備を進めながら 旅立てずにいたのは 剣心の側に少しでも長くいたいと願う自分の恋心故か・・・・

「剣心・・・幸せになれよ・・・・」
「ああ・・・・」

溜息のように短く漏らされた返事に どういう想いが込められていたのだろうか。
「左之・・・・すまぬ・・・・」
か細い声が詫びの言葉を紡ぐ。
「謝ることなんか何にもありゃしねぇよ。それが自然の成り行きってぇもんだ。お前も嬢ちゃんも 収まるところに収まったってぇだけだろ? 俺も旅に出るしな。ま、せいぜい上手くやんな。」
精一杯の空元気で明るく剣心の背中を叩いてやった。
丁度いい潮時だ。
自分の心に言い聞かせ日本を後にした。

あれから五年・・・
アイツは今、幸せだろうか・・・・
何時までも引きずる未練な気持ちを振り払うように頭を振り、もう一度空を見上げる。
「俺としたことが・・・・いつまで待てばアイツを忘れられるんだろうか・・・・何処へ行けば全てを置き去りに出来るんだろうか・・・・・」
投げた小石が転がる様で未来を占うように その行方をじっと見つめて 左之助は立ち上がり、ズボンの草を払うと心の置き場を求めてまた歩き始めた。


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